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一社依存のリスクと脱却|建設業が公共入札で下請けから元請けへ
目次
売上の7割を、1社が支えている
決算書の売上明細を1枚ずつめくっていくと、宛先の欄に同じ会社名が並んでいました。とび・土木部門の受注のうち、約73%が1社からのもの。警備部門の現場も、そのほとんどが同じ会社の紹介です。
兵庫県内で、とび・土木工事と警備を手がける従業員14名ほどの会社(以下N社)。ここ数年、売上は順調に伸びていました。その伸びを支えているのが、地場の総合建設会社であるK社との関係です。仕事を切らさず回してくれる、ありがたい取引先。社長もそこは繰り返し口にします。
それでも、面談の席で社長はこう言いました。
「ずっとおんぶにだっこでは、数字は上がっていくんでしょうけど、いろんな意味で怖いですね。1社依存は、しんどいなと」
この記事で扱うのは、その「怖さ」をどう扱うかという問題です。結論から言えば、1社依存(一社依存)の解き方は取引先を減らすことではありません。いまの関係は足場として残したまま、自社が元請けとして仕事を取る入口を1本つくることです。N社の場合、その入口が公共工事の入札でした。そして入札に挑むために本当に必要だったのは、決意ではなく「入札参加資格」と「運転資金」という2つの実務的な準備でした。
💡 この記事でわかること:
- ●1社依存が「悪」ではなく、次の一手の足場になる理由
- ●公共工事の入札に参加するために必要な資格と、その取得の流れ
- ●売上を伸ばす前に、運転資金をいくら確保しておくべきかの考え方
- ●社長の構想を、銀行が読める事業計画書に翻訳していく具体的な手順
公共工事の入札は、どうすれば参加できるのか
公共工事の入札は、やる気があれば明日から参加できるものではありません。国や自治体が発注する工事に応札するには、発注者ごとの「入札参加資格者名簿」に載っている必要があるからです。ここを知らないまま「うちも公共工事を取りたい」と言っても、話は前に進みません。
大まかな要件は次の3つです。
- ●建設業許可:発注される工事の業種について、許可を受けていること。とび・土木工事業なら、その許可が必要です。
- ●経営事項審査(経審):公共工事を直接請け負う建設業者が必ず受ける審査です。経営規模・経営状況・技術力・社会性などを点数化し、総合評定値(P点)が出ます。決算内容がそのまま点数に反映されるため、決算書の中身が入札の土俵に直結します。
- ●入札参加資格審査の申請:国・県・市など、発注者ごとに申請します。申請時期は発注者によって決まっており、定期受付を逃すと次の機会まで待つことになります。
つまり、公共工事は「思い立った月に入札する」ものではなく、決算 → 経審 → 資格申請 → 名簿登載 → 公告を見て応札という順番を、逆算して仕込んでおく仕事です。
もうひとつ知っておきたいのが、国や自治体には中小企業への発注機会を確保する仕組みがあるという点です。官公需に関する情報は「官公需情報ポータルサイト」に集約されており、中小企業向けの発注案件を横断的に探せます。規模が小さいことは、公共の世界では必ずしも不利ではありません。
要件や申請時期は発注者ごとに異なり、制度も見直されます。実際に動く前に、必ず一次情報と発注者の公告で確認してください。
参考(一次情報):国土交通省/官公需情報ポータルサイト(中小企業庁)
依存の構造は、数字にすると一目でわかる
N社の状況を数字で並べると、悩みの正体がはっきりします。感覚の「怖い」を、構造の「怖い」に置き換える作業です。
とび・土木部門は8名、警備部門は6名。現場が増えれば個人事業主への外注で回します。人が足りないので外注に頼り、外注に頼るので利益率は上がりにくい。上がらないので採用や教育にお金を回せず、また外注に頼る。この輪が何年も続いていました。
そして手元資金は約800万円。売上が伸びている会社の金額としては薄い水準です。数字の把握も年1回の試算表だけで、月ごとにいくら売れて、いくら残ったのかは社長の頭の中にもありませんでした。
この会社にとって恐ろしいのは、K社との関係が壊れることではありません。関係が壊れなくても、いまの構造のままでは会社が伸び切らないことのほうです。
1社依存は、人材と財務の問題として姿を変える
私たちが第三者の視点で状況を整理すると、「1社依存」という経営の問題が、財務と人材の問題に姿を変えて現れている構造が見えてきました。
下請けの立場では、工事の単価も工期も、基本的には元請けの都合で決まります。価格の主導権を持てないので、利益率は一定のところで頭打ちになる。利益が薄いから、社員を増やす体力が持てず、繁忙期は外注でしのぐ。外注比率が高い会社は、現場の技術が社内に蓄積しにくく、人も育ちにくい。結果として、また下請けの単価で受けるしかなくなります。
さらに、警備部門の6名のうち社会保険に加入しているのは1名だけで、残りは非正規・日雇いに近い稼働でした。人が定着しない働き方が、そのまま労務リスクにもなっています。
経営・財務・人材・労務は、別々の相談窓口に持ち込む別々の問題に見えて、実際には一本の線でつながっています。1社依存を「営業の問題」だと思っている限り、この線は切れません。
もう1本の柱が立つまでのあいだ、いまの取引先との条件を据え置いたままにしておく必要もありません。下請法から改称・強化された取適法では、受注側から協議を求められる場面と、発注側が一方的に決めてはいけない事項が整理されています。依存度が高い相手ほど言い出しにくいものですが、法の裏づけを知っておくと切り出し方が変わります。
そしてもうひとつ。N社の社長には、自社の強みや今後の展望を、銀行や行政といった第三者に説明した経験がありませんでした。K社との関係の中では、説明などしなくても仕事は回ってきたからです。元請けになるということは、初めて「自分の会社を、外の人に説明する」立場に立つということでもありました。
依存を切るのではなく、もう1本の柱を立てる
ここで方針をはっきりさせます。K社との取引を減らすことは、目的ではありません。73%を50%に落とすために売上を捨てるのは、体力のない会社がやることではありません。
やるべきなのは、K社との関係を足場として維持したまま、その上に「自社が元請けとして直接受注する」という2本目の柱を立てることです。分母を増やして、結果として依存度が下がる形をつくります。
この順番を間違えると、会社は必ず苦しくなります。私たちがN社と一緒に進めたのは、次の4つのステップでした。
- ●売上を「取引先別・部門別」に分解して、依存の実数を出す
- ●入札参加までのスケジュールを、決算日から逆算して組む
- ●成長に必要な運転資金の額を、根拠のある数字で見積もる
- ●それらを、銀行が読める事業計画書に翻訳する
ステップ1:売上を取引先別・部門別に分解する
最初にやるのは、感覚を数字にする作業です。担当は社長と経理、必要なら顧問税理士にも協力してもらいます。
用意するのは、直近3期分の売上明細(できれば請求書の控え)と部門別の受注一覧です。これを表計算ソフトに落とし、「取引先 × 部門 × 期」の3軸で集計します。難しいツールは要りません。エクセルかスプレッドシートで十分です。
ここでつまずきやすいのが、「うちは請求書を月まとめで出しているから、現場ごとの内訳が出せない」というケースです。その場合は、完璧な集計を目指さず、まず直近1期だけを手作業で分解してください。依存度は小数点まで正確である必要はなく、「7割か、5割か、3割か」の桁が分かれば意思決定はできます。
N社ではこの作業で、とび・土木部門の73%という数字が初めて可視化されました。社長が漠然と抱えていた怖さに、初めて輪郭がついた瞬間です。
ステップ2:入札参加のスケジュールを、決算日から逆算する
次に、公共工事の入札に参加するための時間割を組みます。ここは社長ひとりでは進みにくいので、私たちが自治体の公告や受付要領を一緒に確認しながら進めました。
確認するのは主に次の点です。
- ●自社が持っている建設業許可の業種と、狙う工事の業種が合っているか
- ●経営事項審査をいつ受けるか(決算確定後に動くため、決算のスケジュールとセットで考える)
- ●狙う発注者(県・市など)の入札参加資格審査が、いつ受け付けられるか
- ●応札に必要な技術者の要件を、社内で満たせるか
つまずきやすいのは、「決算書の作り方が、そのまま経審の点数に効いてくる」という点を知らずに決算を締めてしまうことです。決算が終わってから慌てても、そこから1年待つことになります。逆算して動けば、同じ実績でも土俵に上がる時期を早められます。
ステップ3:運転資金を「月商の2ヶ月分」で見積もる
ここが、成長を目指す会社がいちばん軽く見て、いちばん痛い目を見る部分です。
建設業は、材料費も外注費も人件費も先に出ていき、入金は工事の完了後です。売上が伸びるということは、先に出ていくお金が増えるということでもあります。売上が増えているのに資金が減っていく、という事態はここから起こります。
私たちが目安として社長に伝えたのは、「最低でも月商の2ヶ月分の現金を持っておく」という水準です。N社の場合、手元資金は約800万円。月商2ヶ月分には遠く届きません。この状態で公共工事を取りに行き、案件が重なれば、受注できたのに資金が回らないという最悪の形になりかねません。
そこで、月商2ヶ月分にあたる3,000万円弱を確保することを目標に置き、不足分として約2,000万円の融資を、日本政策金融公庫に申し込む方針を固めました。返済は7年での想定です。「なんとなく2,000万円ほしい」ではなく、「月商2ヶ月分に足りない額が2,000万円だから、2,000万円借りる」という筋道をつくることが重要です。
| 項目 | 取り組み前 | 目指す状態 |
|---|---|---|
| 手元資金 | 約800万円 | 約3,000万円弱(月商2ヶ月分) |
| 必要運転資金の根拠 | 説明できない | 月商2ヶ月分から逆算 |
| 数字の把握 | 年1回の試算表のみ | 月次で売上・原価・利益を把握 |
| 受注の入口 | K社からの下請けのみ | 下請け+自社での公共入札 |
あわせて、月次の試算表を作ってもらうよう顧問税理士に依頼することも決めました。月ごとの繁忙・閑散の波が見えなければ、「いつ資金が細るか」が予測できないからです。社長自身、この点はずっと欲しかったものだと言います。
「月ごとにいくらの売上が立って、どれだけの経費が出て、いくら利益が残ったのか。それが見たいんです。ほんまに作りたいんですよ」
ステップ4:社長の構想を、銀行が読める形に翻訳する
融資の可否を分けるのは、社長の熱意ではなく、その熱意が第三者に読める資料になっているかどうかです。
N社の社長は、直感と勢いで機会をつかみに行くタイプでした。公共入札への挑戦も、本人は「たまたま」と言います。ただ、話を聞いていくと、K社に次ぐ収益の柱をずっと探していたことが分かってきます。頭の中には確かに構想があり、それが言葉になっていないだけでした。
そこで私たちが作ったのが、融資提案のためのたたき台です。
- ●ビジネス俯瞰図:誰から仕事を受け、誰に外注し、どこにお金が流れるのかを1枚の図にする
- ●SWOT分析:K社との強固な関係という強みと、その裏返しである依存リスクを、同じ紙の上に並べる
- ●5期比較:過去5期の売上・原価・利益の推移を並べ、伸びの実態を示す
- ●5ヶ年売上計画:年5%ずつ伸ばし、5年後に約2億円という到達点を数字で置く
これらを白紙から社長に書いてもらうことはしません。私たちが先にたたき台を作り、それを見ながら社長に語ってもらうという順番にします。人は、白紙を前にすると何も出てきませんが、間違った図を見せられると「そこは違う、こうだ」と正確に語り出すものです。ヒアリングは、社長の中にある答えを外に出す作業でした。
アドバイスをして資料を置いて帰るだけでは、会社は動きません。図を一緒に直し、銀行との面談に同行し、聞かれるであろう質問を先に潰しておく。そこまでやって、初めて資料は武器になります。事業計画書の中身や銀行に説明できる資金繰りの整え方は、業種と成長段階によって変わるため、型に流し込むだけでは通用しません。
銀行が資料のどこを見て、何を根拠に判断しているのかは、売上があるのに融資が通らない理由|銀行が見るポイントと俯瞰図でまとめています。先に相手の見方を知っておくと、たたき台に何を書くべきかが決まります。
自社ならどう使うか|4つのケース
同じ「1社依存」でも、会社の状況によって最初の一手は変わります。考え方を示す例として、4つのケースを挙げます。
- ●依存先との関係が良好で、売上も伸びている会社:関係を維持したまま、2本目の柱を立てる時期です。ただし、伸びている今こそ運転資金が細ります。攻める前に、月商2ヶ月分の現金を確保することを先にやってください。
- ●依存先の業績が傾き始めている会社:時間の余裕がありません。新しい柱を育てる前に、依存先が落ちる速度のほうが速い可能性があります。まず資金を厚くし、同時に取引先の分散を最優先で進めます。
- ●公共工事の許可・経審をまだ持っていない建設会社:入札は「来期からの話」になります。逆に言えば、決算のタイミングから逆算すれば確実に土俵に上がれます。今期の決算を締める前に、経審を見据えた準備を始めてください。
- ●依存先が1社ではなく、実質1業種に偏っている会社:取引先は複数でも、同じ業界の景気に丸ごと乗っている状態です。取引先の数ではなく、「収益の源泉が何本あるか」で数えなおしてください。
共通して言えるのは、依存度を下げる打ち手は、必ず先に資金を必要とするということです。売上を分散させる意思決定は、資金の余裕がある会社にしかできません。だからこそ、財務の準備が先に来ます。
元請けとして、初めて自社の名前で仕事を取った
2025年10月、N社は県内の市が発注する公園の改修工事を、受注額740万円で契約しました。自社が元請けとして直接入札し、勝ち取った初めての案件です。
この入札には14〜15社が参加し、条件を満たして残ったのは6社程度だったと聞いています。決して緩い競争ではありませんでした。その中を、これまで一度も元請けとして入札した経験のない会社が通ったのです。
「考えているだけじゃなくて、実際に契約までしたんです。これはインパクト強いと思う」
社長がそう言ったとき、そこにあったのは高揚ではなく、手応えでした。金額の大小の話ではありません。この1件で、N社は「公共工事の元請け実績のある会社」になりました。次の入札で提出できる実績が1つ増え、地域の発注者に名前が残ります。ここから先の入札は、前回とは違う会社として臨むことになります。
銀行に提出する事業計画書も完成し、公庫との交渉のテーブルに乗りました。ビジネス俯瞰図に描かれたN社の姿は、社長が「たまたま」と語っていた構想を、初めて他人が読める形にしたものです。
そして何より大きかったのは、社長が自分の言葉で語れるようになったことです。K社への感謝と、1社依存への危機感。この2つは矛盾しないのだと、社長は面談の中で自ら整理しました。支えてくれた取引先への恩義を保ったまま、次のステージへ進む。その道筋を、いま社長は誰にでも説明できます。
5年後、年5%ずつ売上を伸ばして約2億円。地域の公共工事を担う会社として名前が知られていく未来を、社長は本気で描き始めています。
まとめ
① 1社依存は「悪」ではなく、次の一手を打つための足場
依存先を悪者にして関係を細らせるのは、体力を削るだけです。売上を支えてくれている相手には感謝したうえで、分母を増やして依存度を下げる。切るのではなく、足す。これが中小企業に現実的な解き方です。
② 経営の悩みは、財務と人材の問題として現れる
1社依存は営業の問題ではありません。価格の主導権がない → 利益が薄い → 採用に回せない → 外注に頼る、という連鎖の入口です。入口を変えなければ、人材の悩みも労務のリスクも解けません。逆に、ここを変えれば全部が動き始めます。
③ 攻める前に、資金と資格を仕込む
新しい柱を立てる意思決定は、資金の余裕がある会社にしかできません。月商2ヶ月分の現金を確保し、公共工事なら決算から逆算して経審・入札参加資格を仕込む。勢いだけでは、取れた仕事で会社が傾きます。
最後に
売上を支えてくれている取引先に感謝しながら、それでもふと「この関係がなくなったらどうなるだろう」と考えてしまう。その感覚は、経営者としてまっとうな警戒心です。
大切なのは、その怖さを一人で抱え込まないことだと考えています。数字にして、図にして、外の人間に説明できる形にした瞬間、漠然とした不安は「次に何をするか」という具体的な課題に変わります。N社の社長がそうだったように、答えはたいてい経営者ご自身の中にあり、それを外に出す手伝いをする人間がいるかどうかだけの違いです。
私たちは神戸・姫路を拠点に、兵庫の中小企業の隣に座って、資料をつくり、銀行に同行し、現場に入って一緒に動いています。特定の取引先への依存が気になっている、売上は伸びているのに手元の資金が心もとない、公共工事に挑みたいが何から手を付ければいいか分からない。そんな状況でしたら、まずは一度ご相談ください。経営全体を見渡した現状整理から、ご一緒します。
この記事を書いた人
前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。
現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。
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