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製造業の後継者育成|工場長を1年で育てる3つの鍵

組織マネジメント

「あの人がいるから、頑張っても無駄」——その空気が工場を蝕む

8時間の勤務時間のうち、実際に手を動かしているのは3時間ほど。残りはどこかで時間をつぶし、安全規則のヘルメットも着けない。そんなベテラン社員がいて、専務が注意をすると「それ、法律の何条に書いてあるんですか」と返してくる。言葉に詰まって、いつのまにか「自分のほうが間違っているのだろうか」とまで思い込まされてしまう——。

これは、冬場に需要が集中する金属製品をつくる、従業員10名ほどのメーカー(ここではM社とします)で実際に起きていたことです。専務はある日、家に帰って娘さんにまで「自分、間違ってるのかな」とこぼしたそうです。長年の葛藤が、それほどまでに人を消耗させていました。

ただ、本当に怖いのは問題社員そのものではありません。真面目に残業している若手や中堅が、その様子を毎日見ているうちに「ここで頑張っても意味がない」という空気に染まりはじめていたことです。

この記事では、「問題社員をどう辞めさせるか」ではなく、その一段上から手を打つ方法をお伝えします。つまり、次のリーダー(工場長候補)をきちんと育てることで、問題社員の居場所が自然になくなっていくという正攻法です。結論から言えば、鍵になるのは「役割の言語化」「段階的な評価」「1年で何が変わるかを示すロードマップ」の3つでした。

💡 この記事でわかること:

  • 問題社員に振り回される根っこにある「設計の不足」とは何か
  • 10人規模の工場で、複雑な制度を作らずに後継者を育てる手順
  • 「2年待ってくれ」が逆効果になり、ロードマップが効く理由

問題は「人」ではなく、「ポジションが空白なこと」だった

最初に整理したのは、悩みの本当の出どころです。私たちが第三者の視点でM社の状況を見ていくと、表面の「問題社員」の下に、もっと根の深い構造が見えてきました。

M社には「工場長」という役職の名前こそありましたが、その人が何に責任を持つのかは、誰にも明文化されていませんでした。工程管理も、在庫管理も、報告も、「気づいた人がやる」か「誰もやらない」かのどちらか。責任の所在が空白だから、声の大きい人や動かない人がそのまま居座れてしまう。問題社員が強気でいられたのも、突き詰めれば「ここは自分の領分だ」と誰も線を引けなかったからです。

そしてもう一つ。評価の基準が、経営者の頭の中の感覚にしかありませんでした。誰かの良い仕事をほめても、誰かの悪い仕事を指摘しても、その根拠は「なんとなく」。だからこそ専務は「何条に書いてあるんだ」と返されたとき、客観的な拠り所を出せずに揺らいでしまったのです。

あなたの会社では、こうなっていないでしょうか。「人」を責める前に、その人が逃げ込める「空白」が設計の中に残っていないか——ここを見ないまま個人を入れ替えても、また同じことが起きます。

実は、人材・労務・財務・経営の4つの悩みは、別々に存在しているように見えて、一本の線でつながっています。

4つの悩みは一本の線でつながっている

役割が定まっていない(人材)から、評価の基準も作れない(労務)。基準がないから、季節で売上が大きく動くのに報酬は固定のまま実態と合わない(財務)。そして経営者は工場の中で何が起きているかを直接つかめない(経営)。どれか一つだけを直しても元に戻るのは、これらが連動しているからです。

まず「次の人に頼む役割」を、紙に書き出す

最初の一手は、評価制度でも報酬でもなく、工場長というポジションの中身を言葉にすることでした。立派な等級表や賃金テーブルは、この段階では必要ありません。

私たちがM社で柱に据えたのは、シンプルな3つでした。

  • 工程管理:いつ・何を・どれだけ作るかの段取りを握る
  • 在庫管理:材料やパレットの発注・計量の流れを管理する
  • 報告(ほうれんそう):現場の状況を経営者に上げる

ここで大事なのは、「次の人(後継者候補)に来年から頼みたいこと」と「今いる人に当面やってもらうこと」を、はっきり分けて書いたことです。ごちゃ混ぜにすると、また誰の責任かが曖昧になります。

M社には、Aさんという人望のある中堅社員がいました。次の工場長を任せるなら、この人だろう——専務も社長も、そこは一致していました。だからこそ、Aさんに「来年からこの3つをあなたに担ってほしい」と、役割を具体的な言葉で渡せる準備をしました。

「30人を下回る会社に、複雑な評価制度はむしろいりません。管理しきれないからです」——これは私たちが現場で繰り返しお伝えしている考え方です。社員が少ないからこそ、全員の声を平等に聞ける。会社が何を望んでいるかをストレートに伝え、「そのために私たちもこう頑張ります」と、一緒に作っていけるのです。中小企業の人事評価制度の作り方は、大企業の縮小版ではなく、規模に合った別物だと考えています。

評価は「因数分解」からではなく、「たし算」から始める

役割を決めたら、次は評価の基準です。ここで多くの会社がつまずきます。いきなり精緻な評価シートを作ろうとして、現場が回らなくなるのです。

私たちがM社に提案したのは、こういう考え方でした。「いきなり因数分解ができるかどうかのテストを作ろうとするけれど、その前に、たし算・かけ算・わり算ができるかどうか。そもそも全員が、それをできると分かっていますか」。

つまり、最初のハードルはうんと低く、全員が「できたね」と確認できるところから始める。みんながクリアできたら「じゃあ、この評価はもう要らないね。次はこれをやろう」と、一段ずつ上げていく。社員と一緒に基準を作っていくので、押し付けにならず、納得感が生まれます。

報酬についても、同じ発想でした。M社はスキー向けの季節商品を扱うため、繁忙期と閑散期で忙しさがまるで違います。それなのに報酬は固定給ベース。これでは、繁忙期に踏ん張る動機が生まれません。

そこで提案したのが、基本給そのものを上げるのではなく、繁忙期の職長手当を「初級・中級・上級」と段階で設計するやり方です。基本給のベースアップは一度上げると下げられませんが、繁忙期手当なら役割と時期に連動させられます。

項目 これまで 提案後
報酬の考え方 固定給ベースで一律 基本給+繁忙期の役割連動手当
繁忙期の動機づけ 仕組みがない 職長手当(初級・中級・上級)で段階化
評価の基準 経営者の感覚 全員が確認できる低いハードルから段階的に

たとえば、ある食品メーカーでは、需要が伸びる夏場の数カ月だけ一律の季節手当を出す仕組みがあったと聞きます。繁忙期に報いる発想は、業種を問わず効くのです。財務の状況をきちんと確認したうえで、無理のない範囲で設計することが前提になります。

評価を低いハードルから段階で設計する考え方は、中小企業の評価制度の作り方|等級と評価基準で解説していますので、そちらもご覧ください。

「2年待ってくれ」が、若手を730日の我慢に変えていた

ここで、M社の専務がAさんはじめ次世代の社員に伝えていた言葉に触れます。「2年待ってくれ、ちゃんと変えるから」——。

気持ちは痛いほど分かります。けれど、この一言だけでは、受け取る側にとっては「先の見えない2年間」でしかありません。2年後に何がどう変わるのか、その具体像がないまま「待て」とだけ言われる。これは、730日間の我慢をただ一方的に求めているのと同じです。真面目な若手ほど、この沈黙に消耗していきます。

同じ「2年」でも、伝え方ひとつで意味はまるで変わります。

同じ「2年」でも、伝え方で意味が変わる

「2年後の達成を目指して、しばらく頑張ってくれ」と言うのと、「2年のうち、まず1年が過ぎたら、この部分はこちらで手当てを入れる。だから2年後を目指して頑張ってくれ」と言うのとでは、同じ言葉でも受け取り方が180度変わります。後者には、途中の景色があるからです。

だからこそ、私たちは「2年待て」ではなく「1年でここまで変える、だから一緒に動いてくれ」というロードマップに組み替えることをお勧めしました。人は、ゴールまでの距離より、途中の一歩が見えているかどうかで頑張れるものです。

専務が「これで動ける」と言えた、その理由

では、これらの設計を通して、M社の現場はどう変わりはじめたのでしょうか。

まず決まったのは、翌月の7月24日に、全社員と一対一の面談を実施するスケジュールです。私たちが第三者として面談を設計・進行し、社員一人ひとりの本音を吸い上げて、経営者に整理して報告する。社内の人間同士では言えない本音も、外部の立場だからこそ引き出せます。同時に、問題社員に関する記録もここから積み上がっていきます。

そして、ずっと「自分が間違っているのか」と揺らいでいた専務が、私たちから「専務の考え方は、間違っていません」と客観的に確認を受けました。これが、想像以上に大きな転換点でした。さらに、閑散期には問題社員がいなくても実際に工場が回っているという事実も確認できた。「いなくても回る」と分かれば、踏み切るための材料はそろいます。

次の工場長候補であるAさんには、段階的に役割と給与を調整していく枠組みができました。一方、長年動かなかったベテラン社員2名については、月次面談で記録を積み、必要に応じて業務命令書、誓約書へと、順を追って外堀を埋めていく1年の道筋を立てました。これは「追い出すため」の策ではありません。次のリーダーが育ち、役割と評価が機能しはじめれば、頑張らない人の居場所は自然と狭くなっていく——その構造を先に作る、ということです。

専務が口にした「これで動ける」という一言に、すべてが表れていました。机上のアドバイスをして資料を置いていくだけでは、現場は変わりません。誰が何を、いつまでに、どの順番でやるのか。そこまで一緒に決めて、初めて人は動き出せるのです。

まとめ

① 「人」を責める前に、「空白」を埋める

問題社員が強気でいられるのは、役割と責任が言語化されていないからです。まず工場長ポジションの中身(工程管理・在庫管理・報告)を紙に書き、次の人に頼むことと今の人に頼むことを分けて整理する。ここが起点です。

② 評価も報酬も、低いハードルから段階で

30人以下の会社に複雑な制度は要りません。全員が「できたね」と確認できる基準から始め、一段ずつ上げる。報酬は基本給を動かす前に、繁忙期の手当を段階設計して、忙しい時期に報いる形にする。

③ 「待て」ではなく「1年で変える道筋」を見せる

同じ時間でも、途中の景色があるかどうかで社員の受け取り方は一変します。1年後・2年後に何がどう変わるかを具体的に示すことが、次世代を動かす最大の燃料になります。

問題社員を追い出すことを目的にすると、現場はかえってこじれます。けれど、次のリーダーを育てる正攻法に立てば、同じ問題が「自然に解ける構造」へと変わっていく。M社の専務が迷いを手放せたのは、まさにこの順番を取り戻せたからでした。

現場リーダーの次は、社長業そのものの引き継ぎです。見えない経営業務の承継は、事業承継の後継者育成|見えない経営業務の引き継ぎで取り上げていますので、あわせてご一読ください。

最後に

もし今、「工場長やリーダーがなかなか育たない」「真面目な社員が、頑張らない人を見てやる気を失っている」「変えたいのに、何から手をつければいいか分からない」——そんな状態でお困りなら、一度立ち止まって、現場の役割と評価の設計から見直してみる価値があります。

私たちは、提案書を置いて帰るのではなく、面談の場に同席し、職務定義や報酬設計を一緒に手を動かしながら整えていく形で関わっています。同じような悩みを抱えていらっしゃるなら、まずは気軽に一度ご相談ください。現場が動き出すきっかけを、ご一緒に見つけられればと思います。

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この記事を書いた人

金井 春樹(株式会社TRAVEL LIKE Talent Partner事業部 取締役COO / TAM)

前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。

現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。

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