原価管理がどんぶり勘定の会社の特徴|棚卸資産の評価と仕入れのズレ
目次
「なぜ赤字なのか」に答えられない会社ほど、原価管理がどんぶり勘定になっている
「今日の売上は◯万円でした」。閉店後にレジから出てくるのは、この一行だけ。何が、何個、いくらの原価で売れたのかは、誰も知らない——。もし自社の店舗がこの状態なら、それは特別に杜撰なわけではありません。長く続いてきた会社ほど、原価管理がどんぶり勘定のまま回り続けてしまうのです。
今回ご紹介するのは、地方で長年続く生花店です。従業員も社長も花のプロで、腕は確か。かつては葬儀用の花や店舗向けの指名花など企業向けの卸が主軸でしたが、コロナ禍でその需要が一気に消え、店頭販売中心へと切り替えて事業を続けてきました。売上規模はおよそ1億円。直営店を複数構え、地域に根ざした商売を50年近く続けてきた会社です。
ところが、いくつかの店舗が赤字。しかも「なぜ赤字なのか」の答えが、「経費と人件費を引いたら、結果として赤字だった」で止まってしまう。原価がいくらで、どの商品で、どの時間帯に利益が出て、どこで漏れているのか——その手がかりになるデータが、一つもないのです。
赤字の理由が分からない会社の多くは、能力や努力ではなく「原価を測る仕組みがない」ことが原因です。直し方は難しくありません。①今あるものを手書きでいいから記録する、②小さく1店舗だけデータ化を試す、③仕入れと棚卸を突き合わせて漏れを見つける——この順番で進めます。高額なシステムを一気に入れる必要はありません。
この記事でわかること
- 原価管理がどんぶり勘定になる会社に共通する構造
- 仕入れと棚卸の「ズレ」から利益漏れを見つける考え方
- 手書き記録から始めて、無理なく原価を見える化する手順
そもそも原価管理とは?「どんぶり勘定」との分かれ道
原価管理とは、商品やサービスを1つ提供するのに実際いくらかかっているかを把握し、値決めや仕入れの判断に使える状態にしておくことです。逆に「どんぶり勘定」とは、この個別の原価が分からず、月末に通帳と請求書を見て「残ったか、足りなかったか」でしか経営を判断できない状態を指します。
両者を分けるのは、才能でも規模でもありません。「1つあたりの原価を記録しているか」という、その一点です。
原価管理には、大きく分けて次の要素があります。
- 仕入れ:花材・資材を、いつ・何を・いくらで・どれだけ仕入れたか
- 棚卸:期末や月末に、売れ残った在庫が実際いくら分あるか
- 売上の内訳:どの商品が、いつ、いくらで、何個売れたか
この3つが揃って初めて「この商品の原価は◯円、粗利は◯円」と計算できます。どんぶり勘定の会社は、たいていこのうち2つ以上が欠けています。
原価が分かるために必要な3つの記録
このうち棚卸については、次の章で見るとおり、在庫をいくらと評価するかの方法まで法人税法で決められています。数え方だけでなく、値の付け方も含めて「棚卸」です。
棚卸は「数える」前に、評価方法を決めていますか
前の章で、原価が分かるには仕入れ・棚卸・売上の内訳の3つが要ると書きました。このうち棚卸には、多くの会社が見落としている前提があります。在庫を「いくら」と評価するかは、会社が方法を選んで税務署に届け出ることになっている、という点です。
届け出ていない会社は、自動的に「最終仕入原価法」になっている
法人税法第29条第1項は、期末に持っている棚卸資産の価額を「政令で定める評価の方法のうちからその内国法人が選定した評価の方法により評価した金額」と定めています。選定しなかった場合は、政令で定める方法によることになります。
その政令で定める方法が、法人税法施行令第31条第1項の「最終仕入原価法により算出した取得価額による原価法」です。つまり、届け出ていない会社は自動的にこの方法になっています。
選べる方法は、施行令第28条第1項に並んでいます。
| 評価の方法 | 期末の在庫をいくらと見るか |
|---|---|
| 個別法 | 一つひとつの実際の取得価額。大量に仕入れて規格で値が決まるものには使えません |
| 先入先出法 | 期末にいちばん近い時期に取得したものから順に残っているとみなす |
| 総平均法 | 期首の在庫と期中の仕入の合計を、総数量で割った平均単価 |
| 移動平均法 | 仕入れのたびに平均単価を計算し直す |
| 最終仕入原価法 | 期末にいちばん近い時期の仕入単価。届出がなければこれになります |
最終仕入原価法は事務が簡単ですが、落とし穴があります。生花のように市場相場で単価が動く商材では、期末の直前にたまたま高値で仕入れれば在庫全体が高く評価され、売上原価は小さく出ます。安値だった年はその逆です。つまり、「仕入れと棚卸のズレ」の一部は、現場のロスではなく評価方法が生んでいることがあります。
なお評価方法は、事業の種類ごとに、かつ商品・製品/半製品/仕掛品/主要原材料/補助原材料といった資産の区分ごとに選ぶと決められています(施行令第29条第1項)。複数の業態や店舗を持つ会社ほど、ここを一度そろえておく価値があります。
変えるなら「事業年度が始まる日の前日」まで
いまの方法が自社に合っていないと分かっても、思い立った期からすぐには変えられません。
- 評価方法を変更するには、所轄税務署長の承認が必要です(施行令第30条第1項)
- 承認申請書は、新しい方法を採用しようとする事業年度が始まる日の前日までに提出します(同条第2項)
- その事業年度の終了の日までに承認も却下もされなければ、その日に承認があったものとみなされます(同条第5項)
期中に「うちは最終仕入原価法だったのか」と気づいても、その期の決算は今の方法で締めることになります。来期から変えるなら、今期のうちに動く必要がある、ということです。
売れ残りの扱いにも線があります。棚卸資産の評価損を損金にできるのは、災害による著しい損傷、著しい陳腐化、またはこれらに準ずる特別の事実が生じ、それによって時価が帳簿価額を下回った場合に限られます(法人税法第33条第2項、施行令第68条第1項第1号)。「今期は売れ残ったから安く評価しておく」という理由では落とせません。逆に、実際に傷んで捨てたのであれば、その事実と数量を記録に残しておくことが、そのまま根拠資料になります。
回収できない売掛金や値の付かない在庫を落とす処理は、決算前の打ち手としてもよく使われます。どの順番で手をつければ資金繰りを痛めずに済むかは、決算前の節税チェックリスト|法人が手元資金を残す打ち手と優先順位でまとめています。お金が出ていかない打ち手から固める順番と、税務調査で否認されないための根拠資料の残し方まで整理しています。
「800円のブーケ」の中身を、誰も説明できない
このお店で象徴的だったのが、店頭に並ぶブーケです。仮に800円で売られているブーケがあったとして、その800円の内訳——どの花を何本使い、原価がいくらだったのか——を、作った本人ですら正確には答えられませんでした。
理由は、花屋という仕事の性質にあります。フラワーアレンジメントは、その日入った花材の状態や色味を見ながら、スタッフが「これくらいかな」というフィーリングで本数を決めて束ねていきます。長年の経験に裏打ちされた確かな技術です。ところが、その職人技こそが原価をブラックボックスにしてしまう。「感覚で作る」ということは、裏を返せば「使った本数と仕入れが紐づかない」ということだからです。
第三者の視点で私たちがこの会社の状況を整理すると、こういう構造が見えてきました。花材の仕入れは月単位でざっくり把握できても、「この1本がどの商品に、何本使われたか」までは追えていない。だから棚卸も厳密には合わせられない。売れ残りやロス(傷んで捨てた花)も、感覚の中に溶けてしまう。結果として、赤字が出ても「花が高かったのか、売れ残ったのか、そもそも値付けが甘いのか」を切り分けられないのです。
あなたの会社でも、こんなことが起きていないでしょうか。「よく売れる商品」は感覚では分かっているのに、それが「よく儲かる商品」なのかは説明できない。この2つは、まったく別物です。
なぜ50年続いた会社に、データが一つも残らなかったのか
ここが今回の核心です。腕のいい職人が揃い、地域に愛されて半世紀続いてきた会社に、なぜ経営判断に使えるデータが一つも残っていないのか。それは怠慢ではなく、いくつかの要因が連動して起きた「構造的な結果」でした。
一つ目は、事業が”感覚”で回ってきたこと(人材・教育の問題)。花を扱う技術は一流でも、「1つあたりいくらかかっているか」というコスト意識を教える機会が、これまで社内に一度もなかった。作ることには長けていても、測ることは誰も教わってこなかったのです。
二つ目は、記録する仕組みそのものがなかったこと(財務の問題)。POSレジのない店舗があり、あっても「本日◯万円」という日計を出すだけ。商品別・時間帯別の集計をする発想がそもそもなかった。
三つ目は、経営に警鐘を鳴らす人がいなかったこと(経営の問題)。顧問税理士は20年間、税務処理——つまり出てきた数字から経費を差し引いて申告する作業——はしてきましたが、「このままでは原価が分からず危ないですよ」と経営改善を促す役割は担ってこなかった。税理士は税金の専門家であって、必ずしも経営の伴走者ではありません。ここを混同していると、「税理士がついているから経営も見てもらえている」という思い込みが生まれます。
一つの赤字の裏で、4つの問題がつながっている
そして今、この会社には期限が迫っていました。65歳の社長から、33歳の娘さんへの事業承継です。ところが後継者である娘さんは、財務状況を含む経営の実態を、ほとんど知らされていませんでした。
厳しい言い方になりますが、データがないまま会社を引き継ぐことは、地図もコンパスも渡さずに山へ送り出すのと同じです。承継というイベントが迫っているからこそ、渡す前に経営を「見える」状態にしておく緊急性が、一気に高まっていました。中小企業の事業承継を数字で乗り越える準備は、まさにこの「見える化」から始まります。
この記事の内容を、社内で共有できる資料にまとめています。
手書きから始める、原価の見える化の手順
ここからが実務です。「じゃあ高いシステムを入れましょう」とはなりません。私たちがこの会社で設計したのは、お金をかけずに今日から始められる記録から入り、効果を確かめながら段階的にデータ化していく進め方でした。抽象的な「DX化」ではなく、現場が本当に回せる形にすることを最優先にしています。
原価を見える化する3つのステップ
ステップ1:まず「手書きでいいから」記録を始める
最初にお願いしたのは、驚くほど原始的なことです。「何時に、どんな客層のお客様が、何を買ったか」を、手書きでいいから記録してほしい——ただそれだけです。
- 誰が:レジや接客を担当するスタッフ
- 何を:時間帯/客層(年代・性別のおおよそ)/購入商品/点数を、1枚の記録用紙に
- どうやって:レジ横にノートかチェックシートを置き、会計のたびに一行書き足す
- つまずきやすい点:完璧を求めないこと。「全部は書けない日があってもいい」と最初に伝える。厳密さより、続けられることを優先します。
なぜ最初から機械を入れないのか。理由は、記録するという習慣そのものがこの会社にとって新しいからです。まず紙で「記録すると何が見えるのか」を体感してもらわないと、高機能なシステムを入れても宝の持ち腐れになります。
ステップ2:1店舗だけで、カメラと簡易POSを試す
手書きで手応えが出てきたら、次は小さく機械化を試します。全店に一斉導入するのではなく、まず1店舗だけ。並行して、人流解析とPOS連携を手がけるパートナー企業を紹介し、来店客数や時間帯の動きも自動で取れる仕組みを検討しました。
費用感は、あくまで一つの目安として次のように整理しました(機種や設置条件で変動します)。
| 項目 | 内容 | 費用の目安 |
|---|---|---|
| カメラ本体 | 1台あたり | 約10万円 |
| 設置込み | 1台 | 約20万円 |
| 設置込み | 2台 | 約30万円 |
| 月額サブスク | カメラのみ | 月9,800円〜 |
| 月額サブスク | POS連携あり | 月19,800円〜 |
ポイントは、1店舗で費用対効果を実証してから他店へ広げるという順番です。「効果があるか分からないものに、いきなり全店分を投資する」——これがどんぶり勘定の会社が一番やってはいけないことなので、投資の判断自体を「データを取ってから」に変えていきます。
ステップ3:仕入れと棚卸を突き合わせ、漏れを見つける
売上のデータが取れ始めたら、いよいよ本丸です。「よく使う花材が、どれくらいの本数使われ、どれくらいの客数のときに、どれくらい売れるのか」。これが分かれば、理論上は「この客数なら、この花材がこの本数出るはず」という相場観が組み立てられます。
その理論値と、実際の仕入れ・棚卸を突き合わせる。ここに出てくるズレこそが、利益漏れの正体です。
- 理論より仕入れが多い → 廃棄ロスや過剰仕入れが疑われる
- 売上の割に在庫が減っていない → 値付けか売り方に課題
- 特定商品だけ粗利が薄い → 花材の使いすぎ、または値付けが原価に追いついていない
こうして「感覚」を「数字」に翻訳していくと、赤字の理由が「なんとなく」から「この商品のこの工程」まで絞り込めるようになります。
なお、この手のIT投資では「デジタル化・AI導入補助金(旧IT導入補助金)を使えばいいのでは」と思われるかもしれません。今回はあえて使わない判断をしました。決め手は、交付決定を受けたあとの縛りです。
事務局は、交付決定前に発注・契約・支払いを行った場合は補助金の交付を受けられないと明記しており、さらに導入したITツールを解約・利用停止した場合は辞退の手続きが必要になります。事業実施効果報告も定められた期限内の提出が求められ、期間内に報告が完了しなければ返還を求められる枠・類型があります。つまり、「まず小さく試して、合わなければ変える」という今回の進め方とは順番が逆なのです。
補助金は強力な手段ですが、スピードと柔軟性を優先すべき局面では、自己資金での先行導入が正解になることもあります。枠・類型ごとに条件が異なるため、詳細は必ずその回の公募要領で確認してください。
補助金そのものの中身——対象になるツールや申請枠の違いは、IT導入補助金とは?|デジタル化・AI導入補助金2026の対象と条件で解説しています。使う前提で検討するなら、先にこちらで全体像をつかむと判断が早くなります。
参考(中小企業基盤整備機構):デジタル化・AI導入補助金2026 / 交付決定後に必要な手続き
制度の当てはめから社内への落とし込みまで、右腕として伴走します。
自社ならどう使うか|ケース別の考え方
同じ「原価が見えない」でも、会社の状況によって最初の一歩は変わります。判断の参考に、考え方の例を挙げます(金額はあくまで考え方を示す例です)。
- 承継を控えた老舗(今回のケース):後継者に渡す前の「棚卸し」が目的。まず手書き記録で全体像を可視化し、承継後の経営判断の土台をつくる。
- 多店舗展開の小売業:店舗ごとに粗利がバラつくが理由が不明な場合。1店舗で試験導入し、優等生店と苦戦店の差をデータで比較してから横展開する。
- 職人技で値付けしてきた製造・飲食業:「感覚の値付け」で長年やってきた会社。まず主力商品数点だけ原価を分解し、実は赤字だった看板商品を見つける。
- これから融資を受けたい会社:銀行に説明する材料が「勘」しかない状態。原価と粗利のデータを整えることが、そのまま資金調達の交渉材料になる。
共通して言えるのは、「全部を一度に見える化しようとしない」ことです。一番痛い部分、または一番小さく試せる部分から始め、効果を確かめて広げる。この順番が、続けられる見える化の鉄則です。
「データを取ってから決める」——会社の意思決定が、変わり始めた
この会社はまだ、劇的に黒字化したわけではありません。試験導入は1店舗から始まったばかりです。それでも、確かに変わったことがあります。
「データを取ってから判断する」という意思決定の型が、この会社に初めて生まれました。これまで50年、集客も売上も原価も「感覚」で回してきた会社にとって、「まず測る、それから決める」という発想そのものが新しい。手書きの記録用紙がレジ横に置かれ、スタッフが一行ずつ書き込む——その一行が、社長の頭の中だけにあった商売を、会社みんなで見られる財産に変え始めています。
そしてもう一つ。社長・後継者である娘さん・顧問税理士・私たちの4者で、今後の方向性を話し合う場を設けました。これまで経営の実態を知らされてこなかった娘さんに、初めて数字を共有する機会をつくったのです。「昭和のやり方をそのまま持ってきた」経営から、次の世代へ渡せる経営へ。その一歩目が、確かに刻まれました。
机上のアドバイスを置いて帰るだけでは、こうした変化は起きません。記録用紙を一緒に設計し、パートナー企業との協議に同席し、4者の話し合いの場を整える。現場の中に入って泥臭く手を動かしてこそ、長年動かなかった経営は動き始めます。
まとめ
- 赤字の理由が分からないのは、能力ではなく「測る仕組み」がないから
- 腕のいい職人ほど感覚で仕事が回るため、かえって原価がブラックボックスになる
- まず「1つあたりいくらか」を記録すれば、赤字の理由は「なんとなく」から「この商品のこの工程」へ絞り込める
- 見える化は、手書きから小さく始めてよい
- 手書き記録→1店舗で試験導入→仕入れと棚卸の突合、という順番で現場が回せる範囲から始める
- 補助金も、スピードと柔軟性を優先すべき局面では「あえて使わない」判断が正解になる
- 承継の前こそ、経営を「見える」状態にする。データのない会社を引き継ぐのは、地図なしで山へ入るのと同じ
数字を整えるとき、返済の重さも同時に見ておくと引き渡し後の負担が変わります。返済を半分にした交渉と原資の作り方は、中小企業の資金繰り改善でまとめています。
最後に
もし、「売上はあるのに、なぜか残らない」「赤字の理由を聞かれても、経費を引いたら赤字だったとしか言えない」——そんなもどかしさを抱えているなら、それは経営者の力不足ではなく、原価を測る仕組みがまだ社内にないだけです。
そして、事業承継や代替わりが視野に入っているなら、なおさら早めに手を打つ価値があります。渡す前に経営を見える状態にできるかどうかで、次の世代のスタート地点が大きく変わるからです。
私たちは、手書きの記録用紙づくりのような小さな一歩から、銀行に出す財務資料の整備まで、現場に入って一緒に動きながら伴走します。「うちも似たような状態かもしれない」と感じたら、まずは一度ご相談ください。今の状況を整理するところから、ご一緒します。

