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インセンティブ制度の作り方|営業粗利の見える化と歩合給の残業代
目次
インセンティブ制度が中小企業で回らない、本当の理由
「頑張った営業マンには、ちゃんと報いたい」——そう考えてインセンティブ制度をつくろうとしたのに、いざ計算しようとすると手が止まる。誰がどの商談でいくら儲けを出したのか、その数字がどこにも残っていないからです。
これは、車両販売・レンタカー・保険代理などを手がける従業員25名規模の自動車関連サービス会社、S社で実際に起きていたことです。行動力のある社長が、複数の事業を一代で束ねてきた会社でした。数字の総額は毎月上がってくる。それでも社長自身が、こう漏らしていました。
「全体の数字は上がってきてんねんけど、規模が大きすぎて、どこで儲かってるんかようわからへんねん。レンタカーから何から、どれが多いんやろな」
儲かっているのかどうかも、はっきりとは分からない。この状態のまま営業担当者にインセンティブを払おうとすると、「なんとなくよく売っている人」を「感覚」で評価することになります。インセンティブ制度が中小企業で形だけになったり、途中で崩れたりする原因の多くは、制度設計そのものより手前にあります。評価の土台になる「営業一人ひとりの粗利」が、そもそも見えていないのです。
この記事では、高額な営業支援システムを入れずに、手元のGoogleフォームとスプレッドシート、そして安価なクラウド経費アプリで「営業の粗利を見える化」し、インセンティブと経費精算の土台まで一気に整えた実例をたどります。
💡 この記事でわかること:
- ●インセンティブ制度が中小企業で機能しない、制度以前の根本原因
- ●紙の営業管理を続けると、なぜ「儲けの実態」が見えなくなるのか
- ●高額なSFA/CRMを入れずに、営業粗利の可視化と経費精算の電子化を実現する”ちょうどいい”仕組み化の進め方
「全部、社長の頭の中にある」という管理
S社の営業管理は、驚くほどアナログでした。売上や仕入れの伝票は紙、経費は小口現金表とレシートの現物、集計は月に一度、誰かがまとめて電卓を叩く。営業担当者ごとにどの車をいくらで仕入れ、いくらで売り、どれだけ粗利が残ったのか——その内訳は、紙の束のどこかには存在しても、一覧にはなっていませんでした。
面談で私たちが状況を整理していくと、この会社の複雑さがだんだん見えてきました。車両販売の粗利、レンタカーの稼働、保険代理の手数料。事業ごとに儲けの構造がまったく違うのに、それが一つのどんぶりの中で混ざっている。社長は「全体のかまぼこ(=会社全体の塊)が大きすぎて、細かいところが分からない」と表現しました。行動力があり、思い立てばその場で複数の金融機関に電話をかけるほどのスピード感を持つ社長が、こと日々の数字管理については「全部、自分の頭の中」で回していたのです。
頭の中で回せているうちは、それでも会社は動きます。ただ、頭の中の管理には二つの弱点があります。社長が把握しきれない規模になった瞬間に破綻すること、そして社長以外の誰にも引き継げないこと。S社はまさに、その規模の境目に差しかかっていました。
あなたの会社では、どうでしょうか。「今月はまあまあ儲かった」という感触はあるのに、それを事業別・担当者別に分解して説明しようとすると、途端に言葉に詰まる。そんな状態になっていないでしょうか。
紙のままだと、なぜ儲けが見えなくなるのか
紙の営業管理を続けると儲けが見えなくなるのは、「記録」はできても「集計」と「分析」ができないからです。ここが、単なる「アナログは古い」という話と決定的に違うところです。
紙の伝票は、一枚ずつ見れば正確です。問題は、それを横に並べて「Aさんの今月の粗利は合計いくらか」「レンタカー事業と保険事業ではどちらが利益率が高いか」を出そうとした瞬間に、膨大な手作業が発生することです。誰かが全部の紙を集め、電卓で足し、表に書き写す。その人が忙しければ集計は止まり、集計が止まれば数字は見えず、数字が見えなければ判断もできない。
つまり、こういう連鎖が起きています。
紙のまま管理する → 集計する人に依存し、儲けがリアルタイムに見えない → 営業ごとの粗利が分からない → インセンティブの根拠がなく、評価が社長の感覚頼みになる。
その評価を感覚頼みにしない評価制度の作り方は、中小企業の評価制度の作り方|等級と評価基準で解説していますので、そちらもご覧ください。
この連鎖の怖いところは、いちばん川下にある「評価」の不公平が、いちばん川上の「紙」という地味な原因から生まれている点です。営業担当者からすれば、頑張っても数字で認められない。社長からすれば、誰にどれだけ報いるべきか根拠が持てない。インセンティブ制度をいくら精緻に設計しても、入力される粗利データが感覚のままなら、制度は空回りします。
税理士に相談しても、この問題は解けません。税理士が見るのは決算という「過去の全体の結果」であって、営業担当者一人ひとりの、今この瞬間の粗利ではないからです。労務の専門家は経費精算のルールには詳しくても、営業の儲けの見える化までは踏み込みません。人・お金・組織にまたがるこの手の課題は、領域を横断して同時に設計しないと、いつまでも「誰の担当でもない問題」として残り続けます。
インセンティブの前に、粗利を”入力される形”にする
解決の出発点は、立派な制度設計ではなく、「営業が売上を上げたら、その粗利が自動的にデータになって溜まる」入口をつくることでした。ここさえ整えば、インセンティブの計算は後からいくらでも設計できます。
私たちがまず用意したのは、高額なSFA(営業支援システム)でもCRMでもありません。営業担当者が普段使っているスマホから開ける、Googleフォームでした。面談の場で、実際に動くモック画面(試作品)をその場でつくって見せています。
- ●担当者名を選ぶ
- ●車種など案件の内容を入れる
- ●ステータスを選ぶ(商談中/契約/見直し 済 など)
- ●仕入額を入れる
- ●売上額を入れる
- ●送信ボタンを押す
これだけです。送信された内容は、裏側のスプレッドシートに一行ずつ自動で溜まっていきます。仕入額と売上額が入っているので、粗利はスプレッドシート側で自動計算できる。担当者ごと、車種ごと、ステータスごとに並べ替えれば、「今どの案件が商談中で、契約になったものの粗利はいくらか」が、集計担当者を待たずに見える。紙のときは月末にしか分からなかった営業の実態が、入力したそばから分析材料になるわけです。
大事なのは、この仕組みが月額数万円のSaaSではなく、ほぼ手元のツールだけで組めていることです。中小企業の現場は、高機能なシステムを入れても入力が続かず、結局使われなくなることが少なくありません。だからこそ、営業担当者が「面倒くさい」と感じない、送信ボタン一つの入口にこだわりました。Excelやスプレッドシート、時には紙も織り交ぜて、現場が本当に回せる形にする。それが、中小企業にジャストフィットする仕組み化だと考えています。
| 項目 | 紙で管理していた頃 | フォーム+スプレッドシート導入後 |
|---|---|---|
| 営業ごとの粗利 | 集計しないと見えない | 入力と同時に自動で見える |
| 商談中案件の把握 | 担当者に聞くしかない | 一覧でステータスごとに把握 |
| インセンティブの根拠 | 社長の感覚 | 粗利データに基づく |
| 事業別の儲け | どんぶり勘定 | 車種・事業ごとに分析可能 |
この土台ができて初めて、「粗利の何%を還元するか」「事業ごとに係数を変えるか」といったインセンティブ制度の設計が、地に足のついた議論になります。制度は、データという土台の上に建てるもの。順番を逆にしないことが、中小企業で制度を回すための一番の近道です。
インセンティブを決める前に——歩合給には3つの法律の縛りがある
粗利が見えるようになると、次は「では何パーセントを還元するか」という話になります。ただ、その前に押さえておくことがあります。インセンティブは賃金です。支給の条件も計算の方法も、労働基準法の枠の中で決めることになります。
1. 就業規則に書く(労働基準法第89条第2号)
常時10人以上の労働者を使う会社は、就業規則を作成して行政官庁に届け出る義務があります。その必要記載事項の2番目が「賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項」です。インセンティブの支給条件と計算式は、ここに書きます。S社は25名ですから、当然この対象です。
口約束のまま走らせると、「あの案件は対象になるのか」「退職者の分はどうするのか」で必ず揉めます。粗利が数字で見えるようになったのなら、その数字をどう賃金に変えるかも文章にしておく番です。
2. 売れない月でも、賃金をゼロにはできない(労働基準法第27条)
条文は一行です。「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない。」
完全歩合、つまり売れなければ収入ゼロという設計は取れません。働いた時間に応じた保障給が要ります。粗利連動の比率を高くするほど、この保障給の設計が効いてきます。
3. 残業代の計算が変わる(労働基準法第37条・同法施行規則第19条)
ここがいちばん見落とされます。歩合給は、残業代(割増賃金)の計算の基礎に入ります。
労基法第37条第5項は、割増賃金の基礎から外してよい賃金を限定しています。施行規則第21条と合わせて読むと、外せるのは家族手当・通勤手当・別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7つだけです。歩合給はこの中にありません。
そのうえ、単価を出すときの分母が固定給と違います。
| 賃金の種類 | 割増賃金の単価を出す計算 |
|---|---|
| 月給などの固定給 | その賃金 ÷ 月における所定労働時間数 |
| 歩合給・出来高払制 | その期間の歩合給の総額 ÷ その期間の総労働時間数 |
固定給は「所定」、歩合給は「総」です。残業した時間も分母に入るぶん、歩合給側の単価は下がります。
支給の周期でも扱いが変わります。毎月払うインセンティブは基礎に入りますが、四半期ごとや年1回にすると「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」に当たり、基礎から外れます。いくら払うかだけでなく、いつ払うかも残業代の額に響く、ということです。
制度の当てはめは会社ごとの事情に左右されます。設計が固まったら、社会保険労務士か所轄の労働基準監督署に確認してください。
参考(e-Gov法令検索):労働基準法 / 労働基準法施行規則
経費精算を電子化し、「レシートがなければ経費にならない」を徹底する
営業の粗利が見えても、経費がザルなら儲けの数字は歪みます。そこでもう一つ、私たちが同時に整えたのが経費精算の電子化でした。S社では経費が紙の小口現金表とレシートの現物確認に依存し、承認フローも属人化。レシートを紛失したときのルールも曖昧なまま運用されていました。
ここで提案したのが、クラウド経費アプリです。実機の画面を見せながら、運用の流れをこう整理しました。
- ●経費が発生したら、その場でレシート・領収書をスマホで撮影する
- ●アプリが写真から金額を自動で読み取る
- ●申請が上がると、管理者にメールで通知が届く
- ●管理者は内容を確認し、承認または差し戻しをする
紙の写し替えも、電卓での再集計も要りません。撮影するだけで金額がデータになり、承認の記録も残る。実際に運用イメージを見せる中で、管理者側には「5万円くらいの経費申請も来ましたよ」といった通知が届く具体例も共有しました。金額の大きい申請こそ、通知で即座に管理者の目に触れる形にしておくことに意味があります。
そして、仕組みと同じくらい大事なのが原則の徹底でした。私たちは経費精算のルールをこう言い切っています。
「レシートや領収書があって、申請したものが初めて経費として通る。ないものは経費にならない。次から気をつけよう」
当たり前のようでいて、紙運用の会社ほど、この線引きが曖昧なまま「まあ今回はいいか」で通ってしまいがちです。電子化はこの原則を運用に組み込む好機でもあります。ここで一つ、あえてやらなかった設計もあります。この経費の仕組みを、会計システムとは連動させませんでした。 自動連動させると便利な反面、金額の妥当性を人の目でチェックする余地が消えます。社長や管理者が「この経費は妥当か」を目視で判断できる柔らかさを残す——これも、中小企業の実態に合わせた”ちょうどいい”設計の一つです。
撮影して紙を捨てるなら、スキャナ保存の要件を満たす
レシートを撮影してデータで残し、紙の原本を捨てるところまでやるなら、電子帳簿保存法のスキャナ保存が関わってきます。令和4年1月以降は定期的な検査が不要になり、データと紙を見比べて折れ曲がりなどがないかを確かめる「最低限の同等確認」を済ませたあとであれば、原本は即時に廃棄して差し支えありません。ただし入力期間を過ぎてしまった場合は、紙も一緒に保存する必要があります。
スマホ撮影で引っかかりやすいのは解像度です。要件は200dpi以上で、A4サイズなら約387万画素以上(縦2,338画素×横1,654画素)が目安になります。画像のプロパティに72dpiと表示されることがありますが、これは解像度が不明なときに記録される値で、実際の解像度を示すものではありません。
領収書は資金の流れに直結する重要書類にあたるため、入力期間の制限・カラー保存・タイムスタンプ(訂正や削除の履歴が残るシステムなら代替できます)・検索機能なども要件に入ります。使うアプリがこれらに対応しているかは、導入を決める前に確かめてください。
参考(国税庁):電子帳簿保存法一問一答 スキャナ保存関係 / 電子帳簿保存法関係
「決めちゃいましょうか」——その一言が意味したもの
モック画面を一通り見終えた社長は、間を置かずにこう言いました。
「わかりました。決めちゃいましょうか」
この一言は、単に「導入を決めた」以上の意味を持っています。それまで「儲かっているかどうかも、ようわからへん」と言っていた社長が、自分の会社の儲けを”自分の目で見られる”未来を、具体的にイメージできた瞬間だったからです。頭の中だけで抱え込んでいた数字が、担当者が入力し、管理者が承認し、社長がいつでも開ける「会社の共有財産」に変わる。その絵が見えたからこそ、いつものスピード感で即断できたのです。
導入はまだ準備段階で、劇的な数字の改善を語れる段階ではありません。それでも、確かに動いたものがあります。「どの事業で儲かっているか分からない」という長年のもやもやが、初めて「見える化すれば解ける問題だ」と社長の中で言語化されたこと。 そして、営業の評価も経費の統制も、感覚ではなくデータの上に立て直す——その一歩目が、確かに刻まれました。これまで社長一人の頭の中にしかなかった管理の重さが、仕組みへと移り始めた。この会社にとって、これは小さくない前進です。
アドバイスをして資料を置いていくだけでは、こうした変化は生まれません。実際に動くモックをその場でつくり、営業の入口から経費の承認まで、現場が本当に回せる形を一緒に組み立てる。机上の空論では社内は変わらず、中に入って泥臭く手を動かしてこそ、組織は動き出す——この案件は、そのことをあらためて教えてくれました。
まとめ
インセンティブ制度が中小企業で回らないとき、多くの場合、直すべきは制度そのものではありません。その手前にある「見えていない粗利」を、見える形に変えることです。
① 制度より先に、粗利が”溜まる入口”をつくる
インセンティブの計算式を精緻にする前に、営業一人ひとりの粗利がデータとして自動的に溜まる仕組みを整える。土台のないところに制度を建てても、感覚頼みは直りません。
評価の”合格ライン”を数字で決める方法は、評価基準の決め方でまとめていますので、あわせてご覧ください。
② 紙は「記録」はできても「集計」ができない
紙の営業管理の弱点は、記録の正確さではなく、集計と分析に膨大な手作業がかかること。集計担当者への依存が、儲けの見えなさと評価の不公平を生みます。
③ 高額システムはいらない、”ちょうどいい”仕組みでいい
Googleフォームとスプレッドシート、安価なクラウド経費アプリ。現場が無理なく回せる手元のツールで、粗利の可視化・評価の土台・経費の電子化は十分に実現できます。中小企業の営業管理の仕組み化は、身の丈に合った道具選びが成否を分けます。
人・お金・組織にまたがるこうした課題は、税理士や労務の専門家に個別に相談しても、領域の”あいだ”に落ちて解けないままになりがちです。だからこそ、粗利の見える化から評価・経費の統制までを横断して、一人の視点で設計することに意味があります。
最後に
「うちも、どの事業で儲かっているか、正直よく分からない」「営業に報いたいのに、評価の根拠が持てない」——もし同じような手詰まりを感じているなら、まず片づけるべきは制度設計ではなく、足元の”見えない粗利”かもしれません。
高額なシステムを入れる前に、今ある道具で何がどこまでできるのか。そのあたりの整理だけでも、状況はずいぶん見通しよくなります。自社の営業管理をどこから仕組み化すればいいか迷ったときは、一度ご相談ください。現場に合った”ちょうどいい”進め方を、一緒に考えます。
この記事を書いた人
前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。
現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。
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