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中小企業の事業承継|4社の進め方と5年計画・株価対策の実際
目次
「そろそろ考えないと」と思いながら、何から決めればいいか分からない
創業から30年、40年と会社を続けてきて、自分が65歳を迎える。そろそろ次の世代に渡さなければいけない。頭では分かっているのに、何から手をつければいいのか分からないまま、また一年が過ぎていく。顧問税理士に聞いても返ってくるのは株価の試算だけで、「では誰に、いつ、どうやって渡すのか」までは一緒に考えてくれない——。
中小企業の事業承継が止まるのは、社長に決断力がないからではありません。決めるべきことが4つあるのに、その4つが整理されないまま一緒くたに語られているからです。株の話と後継者育成の話と個人保証の話は、必要な相手も、かかる時間もまったく違います。
結論から言えば、事業承継で決めるのは「誰に渡すか」「株をどう動かすか」「個人保証をどうするか」「いつまでに終えるか」の4つです。そしてこの順番で考えると、たいていの会社は動き出せます。この記事では、当社が伴走した製造業・建設業4社が実際にたどった進め方を軸に、5年計画の立て方と、株式の評価を下げてから動かす順番を整理します。
💡 この記事でわかること:
- ●事業承継で決めるべき4つのことと、考える順番
- ●5年で承継しきる計画の立て方(4社の実例)
- ●株価が「配当・利益・純資産」で決まる仕組みと、対策の入り口
- ●個人保証を後継者に引き継がせないための準備
- ●業種ごとに詰まりやすいポイント
そもそも事業承継とは|「株の移転」だけを指す言葉ではない
事業承継とは、会社の経営を次の世代へ引き継ぐこと全体を指します。ここで取り違えやすいのが、事業承継=株式の移転だと考えてしまうことです。
たしかに株式は避けて通れません。ただし株を渡しただけでは、会社は動きません。取引先との関係、金融機関との信頼、現場の技術、そして社長が頭の中だけで処理してきた判断——これらが渡っていなければ、株主が変わっただけの会社が残ります。
中小企業の事業承継は、次の3つが同時に動く出来事だと捉えると整理しやすくなります。
このうち期限に追われるのは「資産の承継」です。税制の期限や、社長の年齢という現実があります。一方で最も時間がかかるのは「知的資産の承継」で、これは1年や2年では終わりません。先に期限のあるものから逆算し、時間のかかるものを早く走らせる——これが計画を立てる基本の考え方です。
事業承継で決める4つのこと|この順番で考えると詰まらない
4社に共通していたのは、相談の入り口が「株をどうすればいいか」だったことです。しかし実際に着手すると、株より先に決めなければならないことがありました。
| 順番 | 決めること | 主に相談する相手 | 目安の期間 |
|---|---|---|---|
| 1 | 誰に渡すか(後継者の確定) | 後継者本人・家族 | 3か月〜1年 |
| 2 | いつまでに終えるか(計画の期限) | 後継者・支援機関 | 1か月 |
| 3 | 株をどう動かすか(評価と移転) | 税理士・認定支援機関 | 1〜3年 |
| 4 | 個人保証をどうするか | 金融機関 | 承継の前後 |
株の話から入ると、ほぼ必ず止まります。後継者の意思が固まっていない段階で株価を試算しても、その数字を誰が負担するのかが決まらないからです。逆に後継者が「やる」と腹を決めていれば、株の対策は打ち手が複数あります。
まず後継者本人に、一対一で聞く
兵庫県内で測量を専門とする建設会社(従業員5名・創業30年)では、社長が40代のベテラン社員を後継者候補と考えていました。ただし本人に正面から意思を確認したことは一度もありませんでした。
当社が最初に行ったのは、株価の試算ではなく後継者候補との一対一の面談です。承継の意思があるか、何が不安か、何が分からないか。ここを言葉にしてもらったことで、社長は初めて「この人に渡せる」と確信を持ち、計画づくりに入ることができました。
社長と後継者が同席した場では、本音は出ません。第三者が個別に聞くという手順そのものが、承継を動かす最初の一手になります。
5年で承継しきる計画の立て方
期限を切らない事業承継は、先延ばしになります。4社ともに共通していたのは、最初に「5年」という期限を置いたことでした。
この並びで大事なのは、株式の移転が3年目に来ていることです。1年目から株を動かそうとすると、評価額が高いまま移すことになり、後継者に重い負担が乗ります。先に評価を下げる手を打ってから動かすため、準備に2年ほどかかると見ておくと計画が現実的になります。
計画が崩れるのは、たいてい2年目
5年計画で最も脱落しやすいのが2年目です。1年目は方針を決めるだけなので前に進んだ実感がありますが、2年目に入ると株価対策の設計や後継者の教育といった、成果がすぐ見えない作業が続きます。ここで日常業務に押し戻され、計画が止まります。
4社では、2年目に必ず「四半期ごとに30分だけ進捗を見る場」を置きました。議題は3つだけです。株の対策は予定どおりか、後継者の教育は進んでいるか、金融機関にいつ話すか。時間をかけないことが続けるコツで、長い会議にすると次から開かれなくなります。
もうひとつ、2年目に決めておきたいのが幹部への周知です。承継の話を社長と後継者だけで進めると、代表交代の発表を聞いた古参社員が反発する場面が出てきます。順番としては、幹部へ先に伝え、そのあと社内全体、最後に取引先という流れが摩擦を減らします。
後継者の「財務が分からない」を先に潰す
測量の会社では、後継者候補が現場の技術には申し分がない一方、決算書を読んだ経験がありませんでした。そこで2年目から財務の学習を始め、月次の数字を一緒に見る時間を設けました。
後継者が数字を読めないまま代表になると、金融機関との交渉で苦労します。技術の承継より、財務の教育のほうが先に着手すべきというのが、4社を通じた実感です。決算書の読み方は資金ショートは事前に防げる?|経営者が見るべき決算書の3指標で3つの指標に絞って解説していますので、後継者教育の入り口としてお使いください。
誰に承継するか|親族内・親族外・第三者の分かれ道
後継者の選択肢は3つです。どれが正解ということはなく、自社の状況で決まります。
親族内に後継者がいる場合は、株式をどう渡すかが中心の論点になります。社内の役員や従業員に渡す親族外承継では、買取資金の調達が壁になりやすく、金融機関との座組みを先に作る必要があります。後継者が見つからない場合の選択肢が第三者承継(M&A)で、手数料の相場や進み方は第三者承継(M&A)とは?|後継者不在の選択肢と手数料の実際で整理しています。
後継者は娘婿。株式をそのまま渡すと贈与税の負担が重く、本人にその資力がありませんでした。非課税制度の活用と株価の引き下げを組み合わせて設計し、あわせて金融機関に承継方針を早い段階で共有。後継者育成と資金の確保を並行して進めました。株の話だけを切り離して考えていたら、資金の手当てが間に合わなかったケースです。
業種によって、詰まる場所が違う
同じ事業承継でも、業種によって最初に手をつけるべき場所が変わります。4社の支援から見えた傾向を整理します。
| 業種 | 詰まりやすい場所 | 先に着手すべきこと |
|---|---|---|
| 測量・設計 | 有資格者の確保と技術の継承 | 若手採用と資格取得の計画 |
| 金属加工・製造 | 会社の体制が複雑で株が動かせない | 組織の整理と株価対策 |
| 建設板金 | 後継者の買取資金と個人保証 | 金融機関との座組みづくり |
| 内装工事 | 労務や評価の整備が後回し | 就業規則と評価基準の整備 |
内装工事の会社では、承継の年間計画と並行して、社会保険労務士と連携しながら就業規則と評価基準を整備しました。承継後に後継者が一番困るのは、社内のルールが先代の口頭裁量で回っている状態だからです。ここを先に文書にしておくと、代替わりの摩擦が目に見えて減ります。
株式をどう渡すか|評価額を下げてから動かす
ここが事業承継で最も金額が動く場面です。同じ株式でも、いつ動かすかで負担が変わります。
株価は「配当・利益・純資産」で決まる
取引相場のない株式(非上場株式)の評価方法は、株式を取得する株主の立場と、会社の規模によって変わります。同族株主等が取得する場合の原則的評価方式は、次のように分かれます。
| 会社規模 | 原則的な評価方式 |
|---|---|
| 大会社 | 類似業種比準方式 |
| 中会社 | 類似業種比準方式と純資産価額方式の併用 |
| 小会社 | 純資産価額方式 |
類似業種比準方式は、類似業種の株価をもとに、評価する会社の1株当たりの「配当金額」「利益金額」「純資産価額(簿価)」の3つで比準して評価する方法です。純資産価額方式は、会社の総資産と負債を相続税の評価に洗い替え、そこから負債などを差し引いて評価します。なお同族株主以外の株主が取得する株式は、会社の規模にかかわらず配当還元方式で評価されます。
ここが株価対策の入り口です。評価の材料が「配当・利益・純資産」である以上、この3つが小さくなるタイミングを作れば、株式の評価額は下がります。役員退職金の支給が対策の代表例なのは、退職金が損金となって利益を圧縮し、同時に純資産も減るためです。
つまり、先代の退職金と株式の移転はセットで設計するものです。退職金の考え方は役員退職金の功績倍率と計算方法|事業承継でいつ取るかの判断に、その原資をどう積んでおくかは役員退職金は何で積む?|小規模共済・法人保険・内部留保を比較にまとめています。
参考(国税庁):No.4638 取引相場のない株式の評価(令和7年4月1日現在法令等)
諸事情から会社を2社体制で運営しており、その構造が承継を複雑にしていました。後継者である専務へ株を譲りたいものの、税理士の試算では譲渡金額が高額すぎて現実的ではない状態。まず会社の体制を整理したうえで、贈与の非課税制度と株価対策を組み合わせて設計し直したところ、当初の試算の4分の1以下まで譲渡にかかる費用を抑えることができました。
事業承継税制は「使えるかどうか」を先に確認する
自社株式にかかる贈与税・相続税の納税を猶予する制度が、法人版事業承継税制です。特例措置と一般措置の2つがあり、条件が大きく異なります。
| 特例措置 | 一般措置 | |
|---|---|---|
| 事前の計画策定 | 特例承継計画の提出【平成30年4月1日から令和8年3月31日まで】 | 不要 |
| 適用期限 | 平成30年1月1日から令和9年12月31日までの相続等・贈与 | なし |
| 対象株数 | 全株式 | 総株式数の最大3分の2まで |
| 納税猶予割合 | 100% | 相続等80%、贈与100% |
特例措置は納税猶予の範囲が広い一方、利用するには事前に「特例承継計画」を提出しておく必要があり、その受付は令和8年3月31日までと定められています。すでに提出済みかどうかで取れる選択肢が変わるため、まず自社の提出状況を確認してください。提出していない場合は、一般措置か、株価対策と贈与の特例を組み合わせる方向で設計することになります。
この制度は納税が「猶予」されるものであり、免除されるまでには継続的な要件があります。要件を満たせなくなると猶予が打ち切られ、利子税とあわせて納付が必要になります。使うと決める前に、猶予が取り消される条件のほうを先に確認してください。制度の期限や要件は改正で変わるため、最新の内容は所轄の税務署と認定経営革新等支援機関でご確認をお願いします。
参考(国税庁):No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制) / No.4439 非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)(いずれも令和7年4月1日現在法令等)
承継の最後に残る2つ|見えない経営業務と、個人保証
株式の移転にめどが立っても、承継が終わったことにはなりません。最後に残るのが、この2つです。
社長の頭の中にしかない業務を洗い出す
見積もりの最終判断、値引きの線引き、取引先の与信、金融機関への説明、職人の配置——どれも手順書がなく、本人にとっては当たり前すぎて、引き継ぐ対象だと認識されていないことがほとんどです。この「見えない経営業務」は、洗い出すだけで半年かかることもあります。手順は事業承継の後継者育成|見えない経営業務の引き継ぎと支援策にまとめました。
洗い出しの方法は難しくありません。1か月のあいだ、社長が判断した場面をその都度メモに残してもらうだけです。「A社の見積もりを2%だけ下げた」「Bさんの現場を来週に振り替えた」——こうした記録が20件も溜まると、判断の基準が輪郭を持ちはじめます。あとは基準ごとにまとめ、後継者と読み合わせていきます。
製造業では、後継者と現場責任者を分けて考える必要も出てきます。工場をまとめる立場をどう育てるかは工場長の役割と育て方|製造業の後継者を1年で育てる3つの鍵に、ベテランの技術をどう残すかはベテランの技術承継が進まない理由|属人化を解くマニュアル作りに整理しています。
個人保証は、承継の3年前から準備する
事業承継で後継者が最後まで迷うのが、借入金の個人保証です。会社を継ぐということは、その保証も引き受けるということか——ここで踏みとどまる後継者は少なくありません。
近年は経営者の個人保証に依存しない融資への取り組みが進んでおり、承継の場面では先代と後継者の両方から保証を取る「二重徴求」を避ける考え方が広がっています。金融機関との交渉次第で、保証を付けずに承継できる場合があります。
交渉の材料になるのは、法人と経営者の資産が明確に分かれていること、返済できるだけの収益力があること、財務の状況を定期的に開示していることです。これらは一朝一夕には整いません。承継の3年前から、貸借対照表の中身を整理しておく必要があります。役員貸付金が残っていればそれは真っ先に解消すべき項目で、手順は役員貸付金の消し方|退職金相殺で解消する手順と税務の注意点にまとめています。
なお、保証を外す交渉にかかる費用は公的な支援の対象になる場合があります。認定経営革新等支援機関に依頼して経営改善計画を作る際、経営者保証の解除に取り組むときの金融機関交渉費用について、中小企業活性化協議会が3分の2(上限10万円)を負担する仕組みがあります。当社は認定経営革新等支援機関として、この制度を使った事業承継の進め方からお手伝いしています。
参考(中小企業基盤整備機構):経営改善計画策定支援事業
まとめ|最初の一歩は「後継者本人に聞く」こと
事業承継で決めるのは4つ、「誰に・株・保証・時期」です。そのうち最初に決めるのは株ではなく、後継者本人の意思です。
1. 後継者に一対一で意思を確認する——社長が同席しない場をつくる。第三者に頼んでよい2. 5年の期限を切る——期限のない計画は先延ばしになる3. 株は評価を下げてから動かす——先代の退職金と設計をセットにする。準備に2年4. 個人保証は3年前から準備する——法人と個人の資産を分け、役員貸付金を先に消す5. 見えない経営業務を洗い出す——最後に残り、最も時間がかかる
制度の期限や要件は改正で変わります。自社に当てはめる際は、認定経営革新等支援機関や所轄の税務署で最新の内容をご確認ください。
「何から手をつければいいか分からない」という段階でも、後継者候補の顔が浮かんでいるなら、事業承継はもう始められます。まずはその方の意思を確かめるところから始めてみてください。
この記事を書いた人
前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。
現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。
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