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組織マネジメント

建設業の賃金テーブルの作り方|若手が辞めない「見える化」の実例

「この数字を見て、30年先の給料が想像できますか」

大手ハウスメーカーの下請けとして内装下地・ボード工事を担う、従業員6〜7名ほどの建設会社(ここではN社と呼びます)。後継者であるNさんが、経理担当の社員がまとめた賃金の一覧表を私たちに見せてくれたことがありました。横一列に金額が並んだ表を前に、私たちが最初に感じたのは「この数字の羅列では、社員は自分の将来をイメージできない」ということでした。初任給がいくらで、5年後・10年後にどう上がっていくのか。表があっても、そこから30年先を読み取るのは、作った本人でも骨が折れます。

若手が定着しない建設業の悩みは、給料の「額」そのものより、将来の手取りが見えないことに根っこがあります。この記事では、その見えなさをほどくための「賃金テーブルの作り方」を、私たちが実際にN社と作った事例をもとに解説します。結論を先にお伝えすると、賃金は金額を決めるだけでは伝わりません。評価・賃金・面談の3つを連動させ、初任給から数十年先までを一枚で見える化して初めて、若手は自分の未来を描けるようになります。

この記事でわかること

  • 数字の羅列の賃金表が、なぜ若手の定着につながらないのか
  • 評価・賃金・面談をつないで賃金テーブルを機能させる考え方
  • 職長手当の段階設計、iDeCoを含めた手取りの見せ方、作成の4ステップ

賃金テーブルとは?「数字の羅列」では将来像が伝わらない

賃金テーブルとは、等級や勤続年数ごとに基本給・手当がどう上がっていくかを一覧にした表のことです。まずここを押さえると、この記事の話が通りやすくなります。中小の建設会社では、この昇給の道筋が表になっておらず、社長や後継者の頭の中だけにあることがほとんどです。「頑張ってくれたら上げる」という気持ちはあっても、それが紙になっていないと、若手には伝わりません。

問題は、たとえ金額の表があっても「数字の羅列」のままでは意味が届かないことです。横に並んだ金額を見て、自分が何歳のときにいくらもらえて、家族を養えるのか——そこまで読み取れる人はまずいません。賃金テーブルは、金額を管理するための表ではなく、社員が自分の将来の手取りを一目で描けるようにするための道具として作る必要があります。同じデータでも、伝わり方はまるで変わります。

賃金の伝え方で、若手の受け止めは変わる

数字の羅列(これまで)

横一列に金額が並ぶだけ

30年先は自分で計算するしかない

なぜ上がるのか理由が見えない

見える化した賃金テーブル

初任給から将来まで一目で追える

手当や評価の影響まで含めて表示

何を満たせば上がるかが分かる

同じ賃金データでも、左のように渡せば「よく分からない紙」で終わり、右のように渡せば「自分の未来を映す地図」になります。若手が知りたいのは平均や相場ではなく、「この会社にいたら、自分はどうなるのか」という一点です。賃金テーブルづくりのゴールは、そこに答えられる状態を作ることだと私たちは考えています。

定着しない本当の理由は、賃金額より「見えなさ」にある

若手が辞めていく理由を「給料が低いから」と一括りにすると、対策を間違えます。私たちが第三者の視点でN社の状況を整理すると、人材・労務・財務が連鎖した構造が見えてきました。人が辞める(人材の問題)背景には、将来の手取りが見えない(労務=賃金制度の未整備)という不安があり、さらにその奥には、評価の基準が社長や後継者の感覚だけで決まっている(組織の未整備)という土台の弱さがあります。

評価が感覚頼みだと、昇給の理由を言葉で説明できません。説明できないから、賃金テーブルにも落とし込めない。落とし込めないから、若手は将来像を持てず、他社の求人が魅力的に見えたときに引き止める材料がなくなる——この順番でつながっています。つまり「賃金を上げる」より先に、「評価の物差しを決めて、それを賃金の道筋として見える形にする」ほうが、定着への効きは大きいのです。この横断で原因をたどる視点が、賃金の単価だけを見ていては届かない部分です。

見える化は定着の出口側の話ですが、そもそもどんな人を採用し、どう受け入れるかという入り口の設計も定着を左右します。採用の段階から見直したい場合の進め方は、中小企業の採用で解説しています。入り口と出口の両方を整えて、初めて人は根づきます。

評価・賃金・面談 ── 見える化を機能させる3点セット

賃金テーブルは、単体で置いても機能しません。評価・賃金・面談の3つがセットで揃って初めて、社員の納得感につながります。この3つは、それぞれが欠けると残りも空回りする関係にあります。順に見ていきます。

まず「評価」は、何を満たせば上がるのかを表にすることです。次に「賃金」は、その評価の結果が実際の金額に反映される仕組みです。そして「面談」は、評価のズレを対話で埋め続ける場です。N社と話す中で、後継者のNさん自身が「自分的には適当と思うけど、それだけで大丈夫かな」と、自分の評価だけで決めることへの不安を口にされました。ここは大事な感覚で、私たちも「自己評価と会社側の評価は必ずずれます。だから評価は面談とワンセットです」とお伝えしました。物差しを作っても、その当てはめ方を本人とすり合わせなければ、かえって不満の火種になります。

見える化を機能させる3点セット

評価
何を満たせば上がるのかを表にして共有する
賃金
評価の結果が実際の金額に反映される道筋を作る
面談
自己評価と会社側の評価のギャップを対話で埋める

この3点セットの設計は、中小企業の人事評価制度の設計そのものと地続きです。評価だけ、賃金だけを切り出して整えても、面談という運用がなければ形だけで終わります。逆に言えば、3つを小さく回し始めるだけでも、社員の受け止めは変わっていきます。

職長手当を「初級・中級・上級」で組む ── 評価と連動させる設計

賃金テーブルを作るとき、手当の設計でつまずきがちなのが「細かくしすぎる」ことです。N社では、職長手当を初級・中級・上級の3段階に絞り、各段階の差を300円刻みにする方向で設計しました。次の表は、そのときに整理した段階の考え方です。

段階 どんな職長か 手当の考え方
初級 職長を任され始めた段階 基準となる額
中級 現場を一人で回せる 初級より+300円
上級 後進を指導できる 中級よりさらに+300円

この表から読み取れるのは、段階を3つに絞り、差を300円刻みの分かりやすい幅にしている点です。後継者のNさんは「初級中級上級だと300円ずつね」と、あえてシンプルな基準に絞り込む判断をされました。背景には「手当を上げすぎると後で下げられない」という現実的な懸念があり、細分化して複雑にするより、社員が一目で違いを理解できる形を優先したわけです。

さらに私たちからは、「一律300円ではなく、その300円を毎年変えられるようにもできます」と提案しました。評価チェック表の達成率に応じて昇給額を動かす、つまり評価と賃金を連動させる設計です。これにNさんも「一律じゃなくて、そういうことができても面白いかもしれない」と関心を示されました。手当の金額を決めて終わりにせず、評価の結果で毎年の上がり幅が変わる仕組みにしておくと、「頑張れば手取りが変わる」という実感が生まれます。こうした評価制度そのものの組み立て方は、中小企業の評価制度の作り方で詳しく解説しています。

この記事の内容を、社内で共有できる資料にまとめています。

資料をダウンロード

iDeCoまで含めて「手取りの将来像」を見せる

賃金の見える化は、額面だけでなく「手取り」まで広げると、若手に響く情報になります。その一つがiDeCo(個人型確定拠出年金=自分で積み立てる私的年金)です。iDeCoは掛金が全額、所得控除の対象になり、その分だけ所得税・住民税が軽くなります。たとえば所得税・住民税の負担率が合わせて15%(所得税5%+住民税10%、最も低いライン)の方が年24万円(月2万円)を積み立てると、掛金全額が控除される分、税負担がおよそ3.6万円軽くなる計算になります(負担率が上がる方は軽減額も大きくなります)。額面には表れない、この「税で戻ってくる分」まで含めて見せると、実質的な手取りの厚みが伝わります。なお積み立てられる額には上限があり、厚生年金に加入していて企業年金(企業型DC・確定給付企業年金・厚生年金基金)が無い会社の社員は、月23,000円までです。企業年金がある会社では月20,000円に下がるので、自社がどちらかを先に確かめてください。

N社では、勤続2年以上の社員のiDeCoに、会社が月5,000円を上乗せする取り組みをすでに始めていました。会社が従業員のiDeCoへ掛金を上乗せする仕組みは「iDeCo+(イデコプラス・中小事業主掛金納付制度)」といい、企業年金を実施していない従業員300人以下(厚生年金の被保険者数)の事業主が使えます。導入には労使の合意が必要で、会社の掛金と本人の掛金を合わせて月5,000円以上23,000円以下の範囲、1,000円単位で決めます。勤続年数などの資格ごとに金額を変えることもできます。会社にとっては、拠出した掛金が全額そのまま損金に算入される点が大きく、「昇給させずに報いる」手段として賃金テーブルと並べて考える価値があります。ただし、この上乗せ分を社会保険との兼ね合いでどう扱うと有利かは個別性が高く、私たちも「社会保険が絡む部分は精査に時間をください」とお伝えし、賃金テーブルへ組み込む設計は現在も検討を進めている段階です。数字を急いで載せるより、確かめてから見える化するほうが、後で信頼を損ないません。

このように、賃金テーブルは「額面の昇給」だけでなく「手取り・実質年収」まで見せられると、若手の納得感がさらに高まります。iDeCoの税の扱いは制度で決まっているため、最新の要件はご自身でも確認できるようにしておくと安心です。制度の当てはめは会社ごとに変わるので、実際の設計は税理士など専門家と一緒に進めることをおすすめします。

参考(国税庁):No.1135 小規模企業共済等掛金控除 / 参考(厚生労働省):iDeCoの概要(対象者・拠出限度額)iDeCo+のご案内(事業主向け)

賃金テーブルを自社で作る4ステップ

ここからは、賃金テーブルを自社で作るときの進め方を、実際にN社と踏んだ順番でお伝えします。ポイントは、いきなり金額をいじらないことです。データ整理 → 見える化 → 評価連動 → 面談 の順で進めると、無理なく形になります。全体像は次のとおりです。

賃金テーブルを作る4ステップ

STEP1 現状データを集める経理の賃金データを一箇所にまとめる
STEP2 見える化する初任給から数十年先までを一枚に
STEP3 評価と連動チェック表の達成度で昇給を動かす
STEP4 面談で運用自己評価と会社側の評価をすり合わせる

STEP1|まず現状の賃金データを一箇所に集める

最初にやるのは、新しい制度を考えることではなく、いま払っている賃金の実態を集めることです。担当は経理や労務の社員が中心になります。集めるのは、社員ごとの基本給・各種手当・過去数年の昇給の実績です。N社でも、経理を担当する社員がまとめてくれたデータが出発点になりました。ここでつまずきやすいのは、データが給与ソフトや手書きの台帳、社長の記憶などに散らばっていることです。まずは形式を問わず一つの表に集約し、「誰が・何を根拠に・いくらもらっているか」を並べて見える状態にします。この土台がないまま制度だけ先に作ると、現実と合わない絵に描いた餅になります。

STEP2|初任給から数十年先までを一枚で見える化する

次に、集めたデータを「将来を追える形」に組み替えます。N社では、私たちが企業専用のシミュレーションサイトを作り、画面を共有しながら説明しました。経理担当の社員からもらったデータをもとに、初任給から先の昇給推移を追える「賃金テーブル」と、社員が自分の条件を入れて試せる「総合シミュレーター」の2種類を用意しています。閲覧はメールアドレスを登録した人だけに限定できる仕様にし、社内の給与情報が外に漏れないよう配慮しました。

ここで大事なのは、高額なシステムを無理に入れることではありません。エクセルやスプレッドシートでも、初任給から数十年先までを一目で追える形にできれば十分です。「自分は何年後にどうなるか」を社員が自分で確かめられる状態を作ることが、この段階の目的です。

STEP3|評価チェック表と昇給額を連動させる

見える化ができたら、昇給の根拠を評価とつなぎます。ここが、単なる年功の表と一線を画すところです。評価チェック表を作り、その達成率に応じて昇給額が変わるようにします。前の章で触れた「一律300円ではなく、評価で毎年の幅を変える」設計が、まさにこの連動です。担当は社長・後継者が中心ですが、評価項目は現場の実態に合わせて作る必要があります。つまずきやすいのは、評価項目を増やしすぎて運用が回らなくなることです。最初は「安全を守れているか」「後輩に教えているか」など、現場で本当に見るべき数項目に絞るのが現実的です。項目と昇給額がつながって初めて、社員は「何をすれば手取りが変わるか」を理解できます。

STEP4|面談で自己評価と会社側の評価をすり合わせる

最後に、評価を面談で運用に乗せます。評価表を作っても、当てはめ方を本人とすり合わせなければ機能しません。自己評価と会社側の評価は必ずずれるからです。N社でも、私たちが「評価は面談とワンセットです」とお伝えしたところ、後継者のNさんは面談の時間を作ることについて「必須ですね」と応じてくださいました。面談では、なぜその評価になったのか、次に何を満たせば上がるのかを、数字を見せながら具体的に話します。ここを飛ばして評価結果だけを通知すると、不満だけが残ります。手間はかかりますが、この対話の積み重ねが、賃金テーブルを「納得できる仕組み」に変えていきます。

制度の当てはめから社内への落とし込みまで、右腕として伴走します。

相談してみる

活用事例|自社ならどう使うか

ここからは想定例として、賃金の見える化を自社にどう当てはめるかを3つのケースで示します。いずれも特定の会社の実話ではなく、よくある状況をもとにした想定です。自社に近いものを探しながら読んでみてください。

ケース1|社長の頭の中だけで賃金が決まっている会社(想定例)

昇給の基準が社長の感覚にあり、社員に説明できない状態です。まずやるのは制度づくりではなく、いま払っている賃金を一枚の表に集めること。「誰にいくら払っているか」を並べるだけでも、次に決めるべき基準が見えてきます。

ケース2|職長候補を育てたいが手当の付け方に迷う会社(想定例)

役割は増えているのに、手当の根拠が曖昧なケースです。手当を初級・中級・上級のように少数の段階に絞り、差を分かりやすい一定幅にすると、本人にも周囲にも納得されやすくなります。細かくしすぎないことが、後々の運用を楽にします。

ケース3|若手を採用したいが、将来像を示せない会社(想定例)

求人で給料を伝えても、応募者が定着後の姿を描けない状況です。初任給から先の昇給を追える表を用意し、面接や入社時に見せると、「この会社にいたらこうなる」が伝わります。額面だけでなく、手取りの見え方まで示せると、より効きます。

3つのケースに共通するのは、「賃金は金額を決めるより、将来を見える形にして伝えるほうが効く」という判断の軸です。自社がどの段階にいるかで、次の一手は変わります。

見える化で、会社はどう変わったか

N社の取り組みは、まだ運用データが出そろう前の段階ですが、確かな前進が積み上がっています。専用サイト上に賃金テーブルと総合シミュレーターの試作が形になり、職長手当の3段階や評価と昇給の連動は設計を進め、面談を継続していく方針については後継者のNさんと合意できました。賃金・評価・面談という3点セットの設計図が、頭の中から取り出されて一枚の形になった——これは中小の建設会社にとって、小さくない到達点です。

後継者のNさんは、このツールについて「こんな小さな会社で、ここまで将来を見通せるツールを持っている会社はないと思う」と受け止めてくださいました。私たちがこれまで関わってきた建設業の会社の中でも、賃金や評価をここまで見える化しようとする会社は、体感で100社に1〜2社ほどです。次はこの設計を実際の運用に乗せ、面談を重ねながら、若手が将来を描けているかを一人ひとり確かめていく段階へ進んでいく方針です。見える化の仕組みができたことで、これから何を検証すればよいかがはっきりしました。

まとめ

  • 賃金テーブルは、金額を管理する表ではなく、社員が自分の未来を描くための道具
  • 賃金は「決める」より「見える化して伝える」
  • 数字の羅列のままでは、若手に将来像は届かない。初任給から先までを一目で追える形にする
  • 評価・賃金・面談はワンセットで機能する
  • 物差し(評価)を作り、それを金額(賃金)につなぎ、ズレを対話(面談)で埋める
  • 手取りの将来像まで見せる
  • 手当の段階設計に加え、iDeCoのような税で戻る分まで含めて見せると、実質的な手取りの厚みが伝わる

最後に

もし今、「若手がなかなか定着しない」「昇給の基準を社員にうまく説明できない」とお悩みなら、まずは賃金を一枚の表に集め、将来を見える化するところから始めてみてください。額を上げる前にできることは、思っている以上にあります。

私たちTalent Partner(社長の経営参謀®)は、資料を置いて帰るのではなく、賃金テーブルの設計から評価との連動、面談の運用まで、社長の隣で一緒に手を動かしながら整えていきます。同じような悩みを抱えていらっしゃる建設業の経営者の方は、一度ご相談ください。

「自社の場合はどうなるか」を、御社の状況に当てはめて一緒に整理します。

ご相談は無料です。その場で売り込みはいたしません。

この記事を書いた人

金井 春樹株式会社TRAVEL LIKE Talent Partner事業部 取締役COO / TAM

前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。

現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。

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