固定費の見直し|中小企業が保険の重複と支払いを棚卸しする手順
目次
「毎月いくら出ているか」に、社長が答えられない
事務所の棚を開け、机の引き出しを引き、別の拠点にも足を運ぶ。それでも保険証券が全部はそろわない。ある会社の面談で、私たちが最初に半日かけて取り組んだのは、その書類探しでした。きっかけは社長の一言です。「毎月かかってる費用って、そっちで分からへんかな。それを見直さなあかんねんけど、保険も含めて」。
この会社をここではK社と呼びます。複数の拠点を持ち、事業そのものは回っている会社です。ただ、専任の総務担当がいません。どの保険をどこと契約したのか、毎月どの口座から何が引き落とされているのか、その全体像を持っている人が社内に一人もいませんでした。誰かが手を抜いたわけではなく、単に「誰の仕事でもなかった」のです。
固定費の見直しは、節約術の話ではありません。先にやるべきは、契約書類の所在を確認して、毎月出ていくお金を一覧にすることです。K社では、その棚卸しの途中で、分散していた損害保険の契約をまとめれば年間約90万円ほど安くできるという試算が出ました。数字を動かす前に、まず見えるようにする。順番はここからです。
この記事でわかること
- 専任の総務担当がいない会社で、固定費が誰にも見られなくなる仕組み
- 契約書類の所在確認から相見積もりまで、固定費を棚卸しする4つのステップ
- 保険の相見積もりで「同じ条件」とは何をそろえることか
- 支払い実務を社長の手から離すときに、先に決めておくこと
固定費とは?中小企業で膨らみやすい費目と、見直しの3つの選択肢
固定費は、売上が増えても減ってもほぼ一定額が出ていく費用です。仕入や外注費のように売上に連動する変動費と違い、受注がゼロの月でも同じ額が口座から引き落とされます。しかも一度契約すれば解約するまで自動的に続くため、増えるときは静かに増え、減らすには意思決定が要ります。売上を追うより先に固定費を見たほうがいいのは、この非対称性があるからです。
中小企業で膨らみやすい費目と、その実額をどこで確認できるかを整理します。
| 費目 | 具体例 | 実額を確認できる場所 | 見直しの入り口 |
|---|---|---|---|
| 保険料 | 火災保険・業務災害保険・自動車保険 | 保険証券、口座の引き落とし明細 | 契約先が複数社に分散していないか |
| 人にかかる固定費 | 社会保険料の会社負担分 | 納入告知書、給与計算のデータ | 加入状況と等級が実態と合っているか |
| 場所にかかる費用 | 事務所・工場・駐車場の賃料 | 賃貸借契約書 | 使っていない区画が残っていないか |
| 設備・機器 | リース料、保守契約 | リース契約書、勘定元帳 | 契約期間が終わっていないか |
| 通信・システム | 回線費、クラウドの月額利用料 | 請求書、クレジットカード明細 | 使っていないアカウントがないか |
この表から見えるのは、固定費の実額と契約条件が一枚の資料にまとまっていない、という事実です。総勘定元帳を見れば金額は分かりますが、補償範囲や契約期間は契約書にしか載っていません。逆に契約書だけを見ても、実際に毎月いくら払っているかは分かりません。両方を突き合わせて初めて「この条件で、この金額を払っている」が確定します。棚卸しが面倒に感じられるのは、この二か所を行き来しないと結論が出ないからです。
では、確定した費目をどう扱うか。中小機構のJ-Net21は、コスト削減の対象への対応を「止める」「減らす」「変える」の3つで整理しています。使っていない契約は止める、使う量を減らす、同じ機能をより有利な条件に変える。保険や通信の見直しは3つ目の「変える」に当たることが多く、内容を落とさないまま契約先や条件を組み替えるだけで金額が動きます。現場の士気に響きやすい「減らす」に手をつける前に、「変える」で取れる分がないかを先に見るほうが、社内の摩擦も小さくて済みます。
参考(中小機構 J-Net21):コスト削減の仕方
保険証券がどこにあるか、誰も知らなかった
K社の面談で、私たちが実際に最も時間を使ったのは分析でも提案でもなく、書類を探すことでした。面談の終わりに「今日来た最大の目的は、書類を探すことでした」と言ったほどです。社長は契約したこと自体は覚えていました。ただ、どの証券がどこにしまってあるかは分からない。事務所の棚、机の引き出し、別の拠点と、一か所ずつ当たっていくしかありませんでした。
見つかった証券を社長が読み上げ、私たちが契約先と金額を書き取っていきます。火災保険、業務災害保険、自動車保険。読み上げが進むにつれて、契約先が1社ではなく複数の損害保険会社に分かれていることがはっきりしてきました。そして同時に見えてきたのが、社長自身も保険料の総額を把握していなかったという事実です。1件ずつの金額はおおよそ言える。けれど、全部を足した数字は、これまで誰も出したことがありませんでした。
これはK社が特別だったからではありません。専任の総務担当がいない会社では、契約は「そのとき必要になった順」に増えていきます。拠点を借りたときに火災保険、車を入れたときに自動車保険、人を増やしたときに業務災害保険。そのつど、そのとき付き合いのあった相手に頼む。一件ずつは合理的な判断です。ただ、それが5年、10年と積み上がると、全体を並べて見た人が一度もいないまま契約だけが残ります。書類の所在が分からないというのは、だらしなさの問題ではなく、点検が一度も行われていないことの表れです。
固定費が誰にも見られなくなる、3つの理由
固定費が放置されるのは、社長が数字に無関心だからではありません。むしろ逆で、売上や粗利は毎月見ているのに、固定費だけが視界から外れます。理由は3つあり、どれも個人の努力不足ではなく、会社の作りから自動的にそうなります。
固定費が視界から外れる3つの理由
1つ目は、契約の入り口が人ごとに分かれていることです。誰かの紹介、取引先からの提案、以前からの付き合い。入り口が違えば書類の様式も更新時期もばらばらになり、横に並べて比べる発想自体が生まれません。
2つ目は、出口である口座が分かれていることです。K社では、社会保険料・家賃・リース料・通信費といった毎月の支払いが、複数の銀行口座からばらばらに引き落とされていました。面談では口座ごとに引き落とし項目を一つずつ確認していきましたが、通帳を並べて突き合わせるまで、月にいくら出ているかは誰にも答えられない状態でした。
3つ目は、点検が誰の業務にも入っていないことです。売上や入金は放っておいても社内の誰かが見ます。取引先から催促が来るからです。ところが固定費は、放っておいても勝手に引き落とされ、誰も困りません。困らないから予定に入らず、予定に入らないから何年も点検されない。
この3つは、財務だけの問題ではありません。総務を担う人がいないから契約が点検されず、点検されないから固定費が下がらず、固定費が下がらないから人を増やす余裕も出ない。固定費の見直しは、経費削減の施策である以上に、総務機能を誰が持つのかという設計の話です。私たちも、資金管理と財務の見える化を入り口にして、この設計から一緒に手をつけることがあります。
この記事の内容を、社内で共有できる資料にまとめています。
固定費の棚卸し、4つのステップ
ここからは実際の手順です。K社で私たちが動いた順番をもとに、自社でも進められる形に整理しました。全体像は次のとおりで、上から順に進めます。順番を飛ばすと、後の工程でつじつまが合わなくなります。
固定費を棚卸しする4ステップ
ステップ1|契約書類を1か所に集める
担当するのは社長と、社内で書類に触れている人(経理を任せている社員がいればその人)です。集める対象は、保険証券、賃貸借契約書、リース契約書、保守契約書、通信・システムの申込書。やり方は単純で、保管されていそうな場所を一つずつ当たり、見つかったものを物理的に一つの箱かファイルにまとめます。同時にスマートフォンで撮るかスキャンして、共有フォルダにも入れておきます。原本を持っている人が不在の日でも中身を確認できる状態にするためです。
つまずきやすいのは、「気づいたときに少しずつ探す」と決めてしまうことです。それでは永久に集まりません。半日でも時間を確保して、一気に探し切るほうが結果的に早く終わります。どうしても見つからない契約は、その場で代理店や取引先に再発行を依頼します。この工程のゴールは全部そろえることではなく、「そろっているもの」と「見つからないもの」を確定させることです。
ステップ2|口座の引き落としを12か月分書き出す
通帳またはネットバンキングの明細から、引き落としを表計算ソフトに書き出します。列は「日付・金額・引き落とし名義・どの口座か」の4つで十分です。ポイントは、直近1か月ではなく過去12か月分を見ること。保険料の年払い、自動車税、システムの年額契約など、年に1回しか出ていかない固定費は、1か月分の明細では絶対に見つかりません。
必ず、名義が略称になっていて何の支払いか分からない行が出てきます。ここで手を止めて調べようとすると作業が進まないので、「不明」と書いたまま先へ進めます。この行はステップ3でほぼ判明します。もう一つ気をつけたいのが、法人口座以外からの支払いです。社長個人のカードで払っているクラウドサービスや、現金で払っている駐車場代がある場合、口座明細だけを見ていると存在ごと抜け落ちます。
ステップ3|試算表・勘定元帳と突き合わせる
K社では、私たちが試算表と勘定元帳の提供を受け、毎月かかっている費用を洗い出す作業を提案しました。会計データには金額と勘定科目が入っているので、ステップ2で「不明」のまま残した行は、ここでほとんど正体が分かります。逆方向のチェックも効きます。元帳には計上されているのに口座明細に見当たらない支払いを拾えば、現金払いや個人カード払いが浮かび上がります。
突き合わせのゴールは、費目別の年額一覧を1枚にすることです。「保険料は年間いくら」「リース料は年間いくら」と、費目ごとの年額が並んだ表が1枚できれば、この工程は完了です。ここでよくあるつまずきが、勘定科目をそのまま費目にしてしまうことです。「雑費」や「支払手数料」には性格の違う支払いが混ざっているので、金額の大きい順に中身を開いて、実態に合う費目へ振り分け直します。
ステップ4|まとめられる契約を、同一条件で見積もる
一覧ができたら、集約できる契約を探します。候補は3つです。同種の保険が複数社に分かれているもの、同じ機能のシステムを二重に契約しているもの、そして使っていないのに続いているリースや保守契約。K社で最初に手をつけたのは、分散していた損害保険でした。
見積もりを依頼するときは、現在の契約内容が分かる書類のコピーをそのまま渡すのが最短です。口頭で条件を伝えると必ずずれが出ます。ここで最も大きなつまずきは、出てきた金額の安さだけで選んでしまうことです。安い見積もりは、補償の範囲が狭かったり免責金額が上がっていたりするだけ、ということが起こります。比較の前提を先にそろえる必要があり、その中身が次の章です。
「同じ条件で見積もる」が、比較の前提になる
K社では、私たちが同一条件で複数の損害保険会社から相見積もりを取りました。その結果、分散していた契約をまとめることで年間約90万円ほど安くなるという試算になりました。ただ、この記事で共有したいのは金額そのものより、この試算をどう作ったかのほうです。契約が分散したままの状態と、条件をそろえて集約した状態では、金額以外にも違いが出ます。
契約が分散したままと、条件をそろえて集約した場合
総額を出すために、そのつど証券を集め直す必要がある
更新時期がばらばらで、見直しの機会が年に何度も細切れに来る
補償の重なりや抜けを、横に並べて確認する人がいない
費目ごとの年額が1枚の資料で分かる
更新時期をそろえられ、点検のタイミングが決まる
補償範囲を並べて比較でき、重なりと抜けが見える
集約の効果は、支払額が下がることだけではありません。点検のタイミングが年に一度に定まることのほうが、長い目では効いてきます。更新月がばらばらだと、そのつど個別に判断することになり、全体を見る機会が永久に来ないからです。
では「同一条件」とは何をそろえることか。損害保険であれば、対象となる建物・設備・車両の範囲、補償の範囲、免責金額、保険金額の設定、保険期間です。このどれかがずれた見積もりは、安く見えて当然で、比較になっていません。見積もりを受け取ったら、金額欄より先にこの5点が現契約と一致しているかを確認します。逆に言えば、この5点をそろえた依頼書を作れた時点で、比較作業の8割は終わっています。
なお、どの補償をどこまで持つべきかは、事業の内容や資産の状況によって変わります。金額だけで判断せず、契約先の保険会社や代理店に、自社の事情を伝えたうえで確認してください。
制度の当てはめから社内への落とし込みまで、右腕として伴走します。
支払い実務を、社長の手から離す
K社では、毎月の振込や支払いの実務を社長個人が担っていました。固定費の全体像が見えなくなっていたのは、この作業が社長に集中していたことと表裏一体です。振込をする人と、支払いの妥当性を判断する人が同じだと、「毎月やっている作業」になってしまい、点検する視点が入りません。そこで私たちは、この実務そのものを引き取る形を提案しました。
ただし、実務を誰かに渡す前に決めておくことがあります。ここを曖昧なまま渡すと、社長の手は空くのに、かえって不安が増えます。
支払い実務を渡す前に決めておく4点
- ✓承認の線引き
いくらまでを事前承認とし、いくらから都度確認するか - ✓記録の残し方
誰がいつ何を振り込んだかを、どこに残して社長がいつ見るか - ✓口座の集約
固定費の引き落としを、どの口座に寄せるか - ✓締めの日
毎月何日に一覧を確認し、変化があれば報告するか
とくに3つ目の口座の集約は、地味ですが効果が大きい項目です。引き落とし口座を寄せるだけで、通帳1冊を見れば毎月の固定費がほぼ把握できる状態になります。ステップ2の書き出し作業を、翌年からやらずに済むということでもあります。
そしてもう一つ。固定費が下がることは、そのまま毎月の資金繰りが楽になることです。返済や仕入の支払いに追われている会社ほど、固定費の数万円は資金繰り表の上で大きく効きます。返済条件の見直しや、返済原資そのものの作り方まで含めた進め方は、中小企業の資金繰り改善で詳しく解説しています。固定費の棚卸しが終わったら、次はそちらへ進むのが自然な順番です。
活用事例|自社ならどこから手をつけるか
自社の状況によって、最初に手をつける場所は変わります。以下は実在の支援例ではなく、進め方の考え方を示す想定例です。
拠点ごとに火災保険や賃貸借契約が積み上がり、拠点の担当者がそれぞれ管理している状態。まずステップ1の書類集めを拠点単位で行い、同種の契約を横に並べるところから始める。契約先が分かれているほど集約の余地は大きい。
書類の所在は社長の頭の中にあるので、ステップ1は比較的早く終わる。効くのはステップ2の12か月分の書き出しで、年払いの費目が可視化される。同時に、支払い実務を誰に渡すかを決める段階でもある。
前任者しか知らない契約が残っている可能性が高いので、ステップ3の勘定元帳との突き合わせを先に行う。元帳から逆に契約書を探すほうが、心当たりを頼りに探すより確実に見つかる。
3つに共通する判断の軸は、「金額が大きい順」ではなく「全体像が見えない順」から手をつけることです。金額の大小は、一覧ができて初めて正しく比べられます。
見えなかった固定費が、比べられる数字になった
K社の棚卸しは、書類を探すところから始まりました。今、その段階は越えています。分散していた損害保険の契約は証券が集まって内容が確認でき、同じ条件でそろえた相見積もりが出そろい、契約をまとめれば年間約90万円ほど安くなるという比較可能な数字が手元にあります。次は、保険会社を交えたオンラインでの説明の場で、社長がその内容を確認して判断する段階に進みます。
「毎月かかってる費用が分からへん」という状態から、「この条件なら、年間でこれだけ違う」と言える状態まで来た。ここが今回の到達点です。私たちはこれを、小さな前進とは考えていません。判断材料が一枚の資料になった会社は、そのあと自力で回せるようになるからです。来年の更新月には、今年作った一覧に前年と今年の金額を並べるだけで点検が終わります。
支払い実務についても、社長の手から離す方向で話が進んでいます。振込作業に使っていた時間と、「あの支払い、済んでいたか」という確認の手間が減れば、その分は本業の判断に回せます。固定費の棚卸しがもたらすのは、金額の削減だけではありません。社長が毎月使っていた注意力が返ってくることのほうが、経営には効いてきます。数字の見える化とその後の運用については、財務の見える化と経営支援の考え方もあわせてご覧ください。
まとめ
- 固定費は、削る前に集める
- 見直しの第一歩は交渉でも解約でもなく、契約書類の所在確認と、口座明細12か月分の書き出し
- 一覧がない状態で個別の契約を値切っても、全体はほとんど動かない
- 相見積もりは、条件をそろえて初めて比較になる
- 対象範囲・補償範囲・免責金額・保険金額・保険期間の5点をそろえた依頼をして、初めて金額を並べる意味が生まれる
- 安さだけで選ぶと、下がったのは保険料ではなく補償だった、ということが起こる
- 支払い実務は、人ではなく仕組みに渡す
- 承認の線引き・記録の残し方・口座の集約・締めの日を決めたうえで実務を渡せば、手が空くと同時に、毎月の数字が自動的に見える状態になる
最後に
「毎月いくら出ているか、自分でも説明がつかない」。この感覚に心当たりがあるなら、それは会社が緩んでいるからではなく、固定費を見る役割が社内に置かれていないからです。専任の総務担当がいない会社では、ごく普通に起こります。
私たちTalent Partner(社長の経営参謀®)は、資料を渡して終わりにはしません。K社のように、書類を一緒に探し、通帳を並べ、相見積もりを取るところまで手を動かします。固定費の棚卸しから始めたい、支払い実務を手放したいという方は、一度ご相談ください。まず現状を一覧にするところからご一緒します。

