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事業承継の役員退職金|タイミングは損金・退職所得で判断
目次
「取れるうちに取る」で、会社がボロボロになる
退職金で最も多い失敗は、金額の大きさそのものではなく、取り方が会社の体力を無視していることです。退職金を取ること自体が目的になると、承継の順番が狂います。
私たちがこれまで見てきた中には、こんな取り方をする経営者もいました。
- ●代表を退いて多額の退職金を受け取り、その後また役員報酬を満額で取り直す
- ●退職金を出す原資がないので、銀行から借り入れてまで支払う
- ●一度退いて退職金を取り、数年後にもう一度退いて二度目を取る
どれも、税務上の理屈はつけられます。けれど結果として、後継者は「報酬負担は重いまま」「借入の返済だけが残った」「実権は前の代表が握ったまま」という状態を引き継ぐことになります。退職金を取れたかどうかより、取ったあとに会社と後継者がどんな姿で残るか。そちらのほうがよほど重要です。
M社長は、まさにこの落とし穴を避けようとしていました。「銀行から借りて退職金を取る、みたいなのは、どうしてもやりたくない」。この一言に、まっとうに引き継ぎたいという覚悟がにじんでいました。
知っておきたい役員退職金の基本|損金と退職所得の優遇
役員退職金が「タイミングで損得が変わる」のは、税制上の2つの優遇と、その適用条件が効いてくるからです。設計に入る前に、最低限おさえておきたい基礎を整理します。
① 会社側:適正額なら「全額損金」になる
会社が役員に支払う退職金は、適正な金額であれば全額を損金に算入できます。適正額の目安としてよく使われるのが「功績倍率法」で、最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率で計算します(社長なら功績倍率3倍程度が一つの目安とされますが、法律で定められた数値ではありません)。この範囲を大きく超える部分は「過大」として損金に認められないことがあります。損金に算入できる事業年度は、原則として株主総会などで金額が確定した期です。
退職金を何で積むか(共済・保険・内部留保)は、役員退職金は何で積む?|小規模共済・法人保険・内部留保を比較で解説していますので、ぜひご覧ください。
② 受け取る個人側:「退職所得」は税負担が軽い
退職金は、給与や配当と比べて個人の税負担が軽くなるよう設計されています。勤続年数に応じた「退職所得控除」を差し引いたうえ、さらに残りの2分の1だけが課税対象になります(勤続5年以下の役員などは、この2分の1課税が使えない特例があります)。同じ額を役員報酬で受け取るより、手取りは大きく変わります。
③ だから「いつ・どの役職で取るか」で効果が変わる
この2つの優遇があるからこそ、退職金は「いつの期に、どの立場を退くときに取るか」で会社に残る効果が大きく変わります。損金は黒字の期にぶつけてこそ生き、赤字の期では価値が薄れます。また、代表取締役から会長へ退くような「分掌変更」でも、実質的に退職したと同視できる一定の要件を満たせば退職金を支給できます。以降では、この「今期赤字・来期黒字」の分かれ道に立ったケースを追います。
参考(一次情報・国税庁):No.5208 役員の退職金の損金算入時期 / No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得) / No.5203 分掌変更等の場合の退職金
退職金の判断を狂わせた「今期赤字・来期黒字」
退職金のタイミングを難しくするのは、たいてい業績の読みづらさです。確定していない来期の数字に、今の決断が引きずられます。
このとき、M社長の会社は、まさにその只中にいました。今年度は主力の入札がなかなか取れず、当初は赤字の見込み。だから「どうせ赤字なら、今期のうちに思い切って退職金を取って退いてしまおうか」とも考えていたそうです。ところが期の途中で、予想していなかった案件を受注できた。すると今度は「来期は黒字になるかもしれない」という光が差してきました。
ここでM社長の判断が揺れます。「今年の7月で辞めるよりも、少し後ろ倒しにして、代表権を譲ったほうがいいのかな、と。ワンクッション置いたほうが……それこそご都合主義なんですけど」。
赤字なら今期、黒字が見えるなら来期。一見ご都合主義に思えるこの揺れは、実はとても理にかなっています。来期に黒字が出るなら、その利益が退職金の原資になるからです。問題は、その「来期に取る」という判断を、感覚ではなく承継全体の段取りの中に位置づけられるかどうかでした。社長一人の頭の中だけで揺れている限り、決断はいつまでも先送りされます。
退職金は「金額」より「どの役職を退くときに取るか」
事業承継の退職金で本当に設計すべきは、金額の交渉ではなく、退任のステップです。代表退任・代表権移譲・会長退任という複数の節目のうち、どこで退職金を切るかで、税務上の自然さも、後継者の独り立ちのタイミングも変わってきます。
M社長の場合、退任には大きく二つの節目がありました。一つは「代表取締役を退く」とき。もう一つは、その後に会長として関わりながら、最終的に「会長職そのものを退く」とき。退職金をどちらで取るかで、意味がまったく違います。
私たちが第三者の視点で状況を整理すると、こんな構造が見えてきました。代表取締役を退いた瞬間に完全に実権を手放すなら、退職金はそこで切るのが自然です。けれど後継者育成にもう少し関わるなら、本当の意味で経営から退くのは「会長職を離れるとき」です。だとすれば、退職金はその会長退任のタイミングで取るほうが、税務的にも筋が通ります。
そこで描いたのが、次の段階設計でした。

代表取締役を退いても、すぐに会社を離れるわけではありません。いったん代表権を持ったまま会長に就き、後継者が経営者として立ち上がるのを支える。1〜2年かけて代表権を本当に移し、そのタイミングで退職金を取る。来期に黒字が出れば、それが原資になります。退職金の額は最低でも一千万円程度は確保したいところですが、額そのものより、この順番が崩れないことのほうが大切です。
「今期に取る」と「来期に取る」を並べて決める
判断が揺れるときは、二つの選択肢を同じ表に並べて、何を失い何を得るかを言葉にすると、迷いが消えます。退職金のタイミングも同じです。
M社長が検討していた中には、「退職金を取って、その3分の1を会社に貸し付ける」という案もありました。手元を厚くしながら会社も支える、という発想です。ただ、これは資金の流れが複雑になり、貸付金として後々の整理を難しくします。私たちは「かえって面倒になります」とお伝えし、この案はいったん外しました。シンプルに保つことも、まっとうな承継の条件です。
二つの選択肢を整理すると、こうなります。
| 項目 | 今期に取る | 来期に取る |
|---|---|---|
| 原資 | 保険解約などで無理に捻出 | 来期の黒字見込みを充てられる |
| 資金繰り | 一気に苦しくなる | 余力を残せる |
| 退任との整合 | 代表退任と同時で慌ただしい | 代表権移譲に合わせて自然 |
| 後継者への影響 | 手元が薄い状態で引き継ぐ | 体力を残して渡せる |
並べてみれば、答えはほとんど見えています。来期に取るほうが、会社にも後継者にも無理がありません。中小企業の事業承継の進め方で迷いが生まれるのは、たいていこうした選択肢が頭の中だけにあって、紙の上で見比べられていないからです。机上で資料を渡して終わりにせず、社長の隣に座って一緒に書き出す。その一手間で、決断のスピードはまるで変わります。
走り出した、まっとうな承継
整理を終えたとき、これまで揺れ続けていた方針が、一本の線になりました。代表退任は今年の夏に実施する。退職金は来期、代表権を本当に移すタイミングで取る。来期の黒字見込みを原資に充てる——。「躊躇している」「悩んでいる」と繰り返していた社長の口から、迷いが消えていました。
それだけではありません。退任の段取りが決まったことで、その先の予定まで具体的に動き出しました。業界の総会の場で、後継者2名を取引先へ正式に紹介する。代表交代に伴う業者登録の更新や指名願い、登記の手続き一覧も、私たちが作ってお渡しする。「いつか」だった承継が、カレンダーの上の予定に変わったのです。
「世の中には、退職金を多額に取って、また役員報酬を満額で設けて、飲み食いまで経費で落とそうとする経営者もいます。その中で、ここまでまっとうに承継を進める会社は、本当に立派だと思います」。これは、私たちが社長に率直にお伝えした言葉です。退職金を取れるかどうかではなく、取り方で会社の品格が決まる。M社長の決断は、まさにそれを体現していました。
まとめ
① 退職金は「いくら」より「いつ・どの役職で」
取れる金額の大きさを競うのではなく、代表退任・代表権移譲・会長退任のどの節目で取るかを設計する。ここがずれると、税務も後継者も無理をします。
② 来期の黒字は、退職金の原資になる
赤字なら今期で割り切る、黒字が見えるなら来期に回して原資に充てる。業績の読みを退任の段取りに織り込めば、ご都合主義に見える判断も、筋の通った設計に変わります。
③ 銀行借入や二度取りは、後継者にツケを回す
退職金を取ること自体が目的になると、借入や報酬の取り直しで会社の体力を削ります。シンプルに、まっとうに。それが引き継ぐ側への何よりの贈り物です。
退職金と並ぶ承継の要が、後継者への引き継ぎです。事業承継の後継者育成|見えない経営業務の引き継ぎで取り上げていますので、あわせてご一読ください。
最後に
代表交代を控えていて、退職金を今期に取るか来期に取るかで決めかねている。あるいは「取れるうちに取ったほうがいいのか」と、ふと不安がよぎる。もし同じような局面にいらっしゃるなら、退職金単体ではなく、代表交代と一本の線でつないで考えてみてください。
とはいえ、退任のタイミング・役職設計・会計士との調整を、社長お一人で組み立てるのは簡単ではありません。私たちは、会計の専門家との橋渡しから退任の段取りづくりまで、隣で一緒に手を動かしながら進めています。承継を「まっとうな形」で終えたいとお考えなら、一度ご相談ください。
この記事を書いた人
前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。
現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。
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