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製造業の採用は給与設計で決まる|賃金相場と求人票の分け方
目次
求人に応募が来ない本当の理由は、媒体ではなく「給与設計」にある
「もう半年、求人を出しっぱなしなんですけどね。ほとんど反応がないんですよ」。金属部品の精密加工を手がけるH社の社長は、パソコンの管理画面を私たちに見せながら、そう言いました。旋盤やマシニングセンターが並ぶ現場を、社長自身と工場長がいまだにプレイヤーとして回している会社です。新しく1人は入ったものの、体制としてはまだ心もとない。技術を引き継ぐ人が足りず、社長も工場長も現場から抜けられない――そんな数名規模のメーカーです。
採用媒体には出稿している。それなりの費用も払っている。それでも、そもそも求人の表示回数(ヒット数)が伸びず、応募まで届かない。「何かしらで増やしていかないと」と社長は言うものの、その「何か」が媒体を変えることなのか、掲載文をいじることなのか、判断のつかない状態でした。
先に結論をお伝えします。製造業で求人に応募が来ないとき、原因は媒体選びよりも給与設計にあることが少なくありません。とりわけ、未経験者と経験者を1本の求人票に束ね、下限年収を業界横並びに置いてしまうと、来てほしい経験者ほど応募を避けます。解決の柱は3つ。①未経験枠と経験者枠を分ける、②経験者には市場が期待する下限で訴求する、③自社にしかない強みを求人文面で言語化する。この記事では、この3点を実例に沿って掘り下げます。
💡 この記事でわかること:
- ●製造業の求人に応募が来ない「構造的な原因」
- ●未経験と経験者を一本化した求人票がなぜ経験者を逃すのか
- ●給与を上げる前にやるべき「2軸分離」の考え方と進め方
給与は「市場の相場」と「明示ルール」で決まる
給与設計の出発点は、思いつきの金額ではなく市場の相場です。厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」などを使えば、業種・職種・地域・年齢別の給与水準を客観的な数字で確認できます。自社の求人が「相場に対して高いのか安いのか」を知ることが、応募が来るかどうかの分かれ目になります。
さらに、求人を出す際は職業安定法により、賃金・業務内容・就業場所などの労働条件を明示する義務があります(2024年4月からは変更の範囲なども対象)。相場を踏まえたうえで、未経験と経験者で給与レンジを分けて明示する——これが、狙った層の両方に届く求人票の基本設計です。
参考(厚生労働省):令和6年賃金構造基本統計調査(業種・職種別の賃金相場)/ 求人・募集時の労働条件明示ルール
製造業の賃金相場は、どこで見るのか
「相場を見ましょう」と言われても、どこの何を見ればいいのかが分からなければ動けません。使うのは厚生労働省の賃金構造基本統計調査です。産業・年齢階級・企業規模・地域別の賃金が、毎年公表されています。
令和6年の調査では、製造業の賃金は次のようになっています。自社の求人が、どのあたりに位置しているかを当ててみてください。
| 年齢階級 | 製造業の賃金(月額) | 前年からの伸び |
|---|---|---|
| 年齢計 | 318.6千円 | +4.1% |
| 20〜24歳 | 216.8千円 | +4.3% |
| 25〜29歳 | 249.8千円 | +4.3% |
| 30〜34歳 | 282.4千円 | +4.8% |
| 40〜44歳 | 341.9千円 | +5.0% |
| 50〜54歳 | 374.4千円 | +2.2% |
製造業で働く人の平均年齢は43.8歳、勤続年数は14.9年です。
産業をまたいで見ると、位置関係がはっきりします。建設業352.6千円に対して製造業は318.6千円で、同じ地域で人を取り合う相手より低い水準です。ちなみに最も高いのは電気・ガス・熱供給・水道業の437.5千円、最も低いのは宿泊業・飲食サービス業の269.5千円でした。
この数字を、求人票の年収と直接比べない
ここが最もつまずくところです。この調査の「賃金」は所定内給与額——つまり残業代も賞与も含まない金額です。令和6年6月分として支払われた額の平均で、時間外手当や年2回の賞与は入っていません。
ですから「うちは月30万円出しているから、製造業の平均318.6千円とほぼ同じ」と考えるのは正しくありません。その30万円に残業代が含まれているなら、所定内で比べたときには相場を下回っている可能性があります。逆に、月給は控えめでも賞与が手厚い会社は、年収では相場を上回っていることもあります。
比べるときは、求人票に書いた基本給と諸手当(残業代を除く)を、この数字と並べる。これが正しい当て方です。
自社の数字を調べる手順
1. 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査 結果の概況」を開く2. 第5-1表「産業、年齢階級別賃金及び対前年増減率」で、自社の産業と、採りたい年齢層の欄を見る3. 求人票の基本給+諸手当(残業代を除く)と並べ、高いか低いかを確認する4. 職種まで細かく見たいときは、政府統計ポータル e-Stat で職種小分類の表まで下りられる
年に1回更新されるので、求人票を出し直すたびに最新の年のものを見てください。伸び率が年4〜5%で動いている以上、去年の数字のまま出すと、それだけで相場から落ちていきます。
下限を一気に上げる必要はありません。まず「どの年齢層を採りたいのか」を1つ決め、その階級の数字に届く求人を1本だけ作ります。全職種の給与表を作り直すのは、その後で構いません。
金額ではなく、見せ方が原因のことがあります。未経験と経験者を1本の求人にまとめていないか、下限だけを載せて上限を書いていないかを確認してください。相場並みの数字は、横並びの中では埋もれます。
未経験層(20〜24歳216.8千円)は、経験者より相場そのものが低い層です。金額で競うより、育成の中身——誰がどれだけ教えるのか、資格取得をどう支援するのか——を具体的に書くほうが効きます。
参考(厚生労働省):令和6年賃金構造基本統計調査 結果の概況 / 賃金構造基本統計調査(調査の概要と過去分)
「下限350万円」という横並びの数字が、応募を止めていた
H社の求人票を開くと、募集はひとくくりでした。未経験者も経験者も同じ枠、想定年収の下限は350万円。決して低い数字ではありません。ただ、私たちが第三者の視点で状況を整理すると、この「決して低くない」という感覚こそが落とし穴になっていました。
私たちは、H社が使っている採用媒体の担当者と、社長・工場長を交えた3者の打ち合わせをセッティングしました。現場の肌感覚だけで議論しても、答えは出ません。実際の市場データを持っている人に、その場で数字を出してもらう必要があると考えたからです。
打ち合わせで担当者が示した事実は、はっきりしていました。「下限350万円は、低くはありません。ただ、他社と同じなんです」。製造業の求人は同じ価格帯にずらりと並んでいて、その中でH社の求人は特徴が埋もれてしまう。さらに、経験者の中途採用に絞ると、「下限は400万円超がラインになってくる」という数字も出てきました。
ここに、応募が来ない構造がありました。転職を考えている経験者は、下限年収の数字から「この会社の上限はこのあたりだろう」と推測します。下限350万円と書かれていれば、経験に見合う待遇は期待しにくいと判断し、応募ボタンを押す前に画面を閉じてしまう。求人が見られていないのではなく、見られたうえで避けられていたわけです。
未経験と経験者を一本化すると、なぜ両方に届かなくなるのか
一本化した求人票の問題は、経験者を逃すだけではありません。未経験者にも、経験者にも、どっちつかずになる点にあります。
未経験者に向けるなら、伝えるべきは「一から育てます」「資格取得を支援します」「先輩がついて教えます」といった安心材料です。給与は市場相場に沿った現実的な水準でよく、むしろ育成環境や働きやすさが決め手になります。
一方、経験者に向けるなら、伝えるべきはまったく別のもの。任せられる仕事の幅、扱える設備、そして経験に見合う年収の下限です。ここで数字が横並びだと、それだけで候補から外れます。
1本の求人票でこの両方を満たそうとすると、文面は「未経験歓迎」と「経験者優遇」が同居した、焦点のぼやけたものになります。下限年収は、コスト意識から低いほう(未経験基準の350万円)に引っ張られる。結果として、未経験者には可もなく不可もなく、経験者には割安に映る。誰にも刺さらない求人票ができあがるのです。
あなたの会社の求人票は、どうなっているでしょうか。「未経験者歓迎・経験者優遇」と一枚にまとめ、下限年収を1つだけ載せていないでしょうか。もしそうなら、応募が来ない原因は媒体ではなく、その設計そのものにあるかもしれません。
求人票は、単なる募集文ではありません。「誰に来てほしいのか」という経営判断を、そのまま文字にしたものです。ターゲットを曖昧にしたまま一本化するのは、経営判断を保留したまま採用市場に出ているのと同じことなのです。
給与を上げる前に、まず「2軸に分ける」
ここで多くの経営者が考えるのは「では下限を上げればいいのか」ということです。ですが、下限を単純に引き上げると、今度は未経験者を採るときのコストと整合が取れなくなります。給与を上げれば採れる、という単純な話ではありません。順番が大切です。給与をいじる前に、ターゲットを分ける。これが先です。
私たちがH社に提案したのは、求人の枠を2つに分ける「2軸分離」でした。同じ会社の募集でも、未経験者向けと経験者向けを別の求人として立て、それぞれに最適な下限年収と訴求内容を設定する考え方です。
| 項目 | 一本化した求人票 | 2軸に分けた求人票 |
|---|---|---|
| 対象 | 未経験・経験者を一括 | 枠ごとに絞る |
| 下限年収 | 350万円で横並び | 経験者は400万円超で訴求 |
| 伝える内容 | どっちつかず | 育成/経験活用を出し分け |
| 経験者から見た印象 | 割安で応募回避 | 経験に見合うと判断 |
こうして分けることで、経験者向けの求人には市場が期待する400万円超の下限を掲げられます。未経験者向けの求人は、育成環境や働きやすさで勝負でき、給与を無理に上げる必要はありません。「全体の人件費は抑えつつ、来てほしい人にだけ響く数字を見せる」という設計が可能になるわけです。
加えて、この打ち合わせでは2つの打ち手も合意しました。1つは、こちらから経験者へ直接アプローチできる面接確約のスカウト機能を使うこと。応募を待つだけでなく、条件に合う人に会社側から声をかける動きです。もう1つは、求人文面のブラッシュアップ。「こんな設備があります」という設備の羅列ではなく、H社だからこそ任せられる仕事や、現場の雰囲気といった、他社にはない強みを言葉にしていく作業です。中小企業の採用設計の考え方は、この「誰に・何を・いくらで伝えるか」の整理から始まります。
「うちの求人は横並びだった」――言葉にできたことが、最初の前進
打ち合わせのなかで、社長の表情が変わった瞬間がありました。「うちの下限は、他と同じだったんですね」。半年間、応募が来ない理由がわからずにいた社長にとって、「求人が横並びに埋もれている」という構造が、初めてはっきりと言葉になった瞬間でした。
これは小さいようで、大きな前進です。原因が「なんとなく採用がうまくいかない」という霧の中にあるうちは、打ち手を決めようがありません。それが「未経験と経験者を一本化していたから、経験者に割安に見えていた」という具体的な構造に変わった。ここまで来て初めて、給与設計という手が打てるようになります。
打ち合わせの場では、次の段取りまで決めました。競合他社との年収差、経験者のターゲット候補が市場に何人いるのか――そうしたデータを媒体担当者が次回までに用意し、翌週の打ち合わせで設計の詳細を詰める。日程は、その日のうちに確定しました。「やってみます」ではなく、いつ・誰が・何をするかまで落ちた状態です。
私たちの関わり方について、一つだけ触れておきます。求人設計のような話は、アドバイスをして資料を置いていくだけでは前に進みません。市場データを持つ担当者を呼び、社長と工場長を同じ場に座らせ、その場で数字を引き出し、次の一手と日程まで決めきる。現場の中に入って一緒に手を動かしてこそ、止まっていた採用は動き出します。
まとめ
製造業の採用で応募が来ないとき、まず疑うべきは媒体ではなく給与設計です。H社の実例から言えることを、3つに整理します。
① 応募が来ない原因は、たいてい「求人票の設計」にある
媒体を変える前に、求人票の構造を見直します。下限年収が業界と横並びなら、経験者はその数字から上限を推測して応募を避けます。見られていないのではなく、見られたうえで選ばれていない可能性を疑います。
求人票の前に整える採用ページの土台は、求人に応募が来ない原因|まず整える採用ページで解説していますので、そちらもご覧ください。
② 未経験と経験者は、1本にまとめず2軸に分ける
一本化すると、下限年収は低いほうに引っ張られ、誰にも刺さらなくなります。枠を分ければ、経験者には市場が期待する下限(製造業の経験者ならおよそ400万円超)で訴求でき、未経験者には育成環境で勝負できます。
③ 給与を上げる前に、ターゲットを決める
「給料を上げれば採れる」ではなく、「誰に来てほしいか」を先に決めます。求人票は経営判断そのもの。ターゲットが定まって初めて、いくらで、何を伝えるかという設計が意味を持ちます。
そのターゲットを決める前段の考え方は、中小企業の採用で、計画・募集・選考・受け入れの4段階としてまとめています。
採用後の賃金の納得感を支える評価・等級制度は、中小企業の評価制度の作り方|等級と評価基準でまとめていますので、あわせてご覧ください。
最後に
「求人は出しているのに、応募がほとんど来ない」「未経験も経験者も、同じ求人票でまとめて募集している」――もし同じような状態でお困りなら、原因は媒体ではなく、給与設計とターゲットの分け方にあるかもしれません。
自社の求人が市場でどう見えているのか、経験者にいくらの下限を示せば届くのか。この整理は、外から市場データを持ち込み、経営判断として一緒に組み立てることで前に進みます。採用でなかなか手応えが得られないとお感じの経営者の方は、一度ご相談ください。現場の状況を一緒に整理するところから、お手伝いします。
この記事を書いた人
前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。
現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。
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