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就業規則の整備は段階が命|懲戒解雇を有効にする5ステップ設計
目次
「懲戒」と書いてあるのに、いざとなると使えない
2人で始めた精密系のものづくりの会社が、数年で従業員10名ほどの規模になりました。人が増えるにつれ、これまでの「なあなあ」では回らなくなり、社長は就業規則の整備に本腰を入れます。情報セキュリティの国際規格であるISO27001を自力で取得し、その要件で求められる罰則規定も、AIと壁打ちしながら自分で条文に落とし込んでいく。かなり几帳面で、先手を打つタイプの経営者です。
それでも、ひとつだけ自信が持てない条文がありました。「懲戒」の項目です。就業規則には「けん責・減給・懲戒解雇」と種類は並んでいる。けれど、実際に問題社員が出たとき、この条文を根拠に本当に処分できるのか——そこが分からない。
先に結論をお伝えします。懲戒規定は「処分の種類を並べる」だけでは、いざというときにほぼ機能しません。けん責から懲戒解雇までを段階として設計し、「どの違反がどの段階に当たるか」を条項で結びつけ、そしてけん責=始末書を取ることを”習慣”ではなく”仕組み”として組み込む。この3点がそろって初めて、就業規則は会社を守る盾になります。
💡 この記事でわかること:
- ●懲戒規定を「種類の羅列」で終わらせると、なぜ解雇が無効になりやすいのか
- ●けん責→減給→出勤停止→諭旨退職→懲戒解雇の5段階と、それぞれの法的な制約
- ●始末書の蓄積が、争いになったときに会社を守る”防衛証拠”になる理由
種類を並べただけの規定が、いざ解雇で「一発レッドカード」になる
問題が起きたときにトラブルになる会社の多くは、就業規則の懲戒規定が「種類の羅列」で止まっています。「けん責・減給・懲戒解雇」と書いてはあるものの、どの違反行為が何段階目の処分に当たるのかが明示されていない。この状態で、いきなり懲戒解雇に踏み切るとどうなるか。
辞めさせられた側が労働基準監督署に駆け込み、「一発でクビにされた」と申告する。けれど、処分が有効か無効かを決めるのは監督署ではありません。懲戒の効力は労働契約法第15条の問題で、争いになれば労働局のあっせんや労働審判、訴訟の場で判断されます。そして段階を踏まずに下した重い処分は、そこで無効とされやすくなります。手順を飛ばした解雇は、会社側がどれだけ「問題社員だった」と主張しても通りにくいのが実務の現実です。
あなたの会社の就業規則はどうでしょうか。「懲戒解雇できる」と書いてあることと、「実際にその処分が有効に成立する」ことは、まったく別の話です。ここを取り違えていると、いざというときに武器のない状態で丸腰の交渉に臨むことになります。
大事なのは、本則(服務規律を定めた条文)と、その罰則規定の対応関係です。「服務規律に何が書いてあって、それに違反したらどの段階の懲戒に進むのか」——この対応が条項でつながっていて初めて、懲戒規定は使える形になります。私たちがこの会社で最初に行ったのも、服務規律の条文と懲戒事由をひとつずつ突き合わせ、抜けている接続を洗い出す読み合わせでした。
けん責から懲戒解雇までの5段階と、その法的な制約
懲戒は、軽いものから重いものへと段階で設計します。標準的な流れは、けん責 → 減給 → 出勤停止 → 諭旨退職 → 懲戒解雇の5段階です。それぞれに法的な制約があり、これを知らずに設計すると「書いたのに使えない」条文になります。
特に誤解が多いのが「減給」です。給料を大きく下げて反省を促そう、と考える経営者は少なくありませんが、実際にはほとんど減らせません。
| 段階 | 内容 | 実務上の留意点 |
|---|---|---|
| けん責 | 始末書を取り、注意する | 最も軽い処分。ここが記録の起点になる |
| 減給 | 給与を一時的に減額する | 法律上、減らせる額はごくわずか(下記参照) |
| 出勤停止 | 一定期間の就労を止める | 期間中は原則として賃金を支払わない |
| 諭旨退職 | 情状を酌量し自主退職を促す | 経歴に傷をつけずに退職してもらう手法 |
| 懲戒解雇 | 制裁として解雇する | 最も重く、無効を争われやすい |
減給の上限は労働基準法(第91条)で定められています。1回あたりの減給は平均賃金1日分の半額まで、複数回科す場合でも、一度の給与から差し引ける総額は、その支払い期間の賃金総額の10分の1を超えてはいけません。ざっくり月額にならすと、数千円程度にしかならないことがほとんどです。「減給で懲らしめる」という発想が、そもそも制度上成り立たないわけです。詳しい上限額は自社の賃金体系で変わるため、条文化の際は必ず根拠条文と照らして確認してください。
だからこそ、最も軽く見えて最も重要なのが、いちばん左の「けん責」です。
参考(一次情報):減給の制裁の上限は労働基準法 第91条に定めがあり、これを超える就業規則の定めは無効です(厚生労働省「確かめよう労働条件」)。条文づくりの土台には、厚生労働省のモデル就業規則(第11章 表彰及び制裁)も参考になります。
始末書は「怒り」ではなく「設計」として取る
けん責、つまり始末書を取ることの意味を、多くの経営者が取り違えています。始末書は、腹が立ったときに感情の勢いで書かせるものではありません。問題行動が起きるたびに淡々と記録を積み上げる、防衛のための設計行為です。
ある会社で、問題社員への対応をご一緒したときのことです。その社員が問題を起こすたびに、けん責として始末書を書かせていました。1回、2回、3回。3回目のときに「同じことを繰り返すなら、会社としてはもう容認できません」と伝え、退職の話に進みました。
案の定、退職後に労働基準監督署から連絡が入ります。ここで効いたのが、積み上げてきた始末書でした。本人が自ら書いた3通の記録、周囲の従業員からの証言、そして「懲戒解雇にはせず、経歴に傷をつけないよう諭旨退職という形で配慮した」という事実。これらを提示して「むしろ会社側の配慮を評価してほしい」と伝えたところ、監督署は全面的に引き下がりました。
問題が起きてから慌てて記録をかき集める会社と、最初から段階を設計して淡々と始末書を残していた会社。この2つでは、いざ申告を受けたときの結末が180度変わります。
始末書を取ることへの心理的なハードルは、「怒りの表明」だと思っている限り下がりません。「設計として、記録を残しているだけ」と捉え直せた瞬間に、けん責はぐっと使いやすい仕組みになります。
その懲戒は有効か|4つの要件と、即日解雇の落とし穴
段階を設計しても、一つひとつの処分が有効でなければ意味がありません。懲戒の効力を決めているのは、労働契約法第15条です。
💡 ポイント:
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。(労働契約法第15条)
条文を実務に翻訳すると、次の4つになります。どれか1つでも欠けると、処分は争われたときに崩れます。
| 要件 | 中身 | つまずきやすい点 |
|---|---|---|
| 根拠がある | 就業規則に懲戒の種類と事由が書いてある | 労働基準法第89条は、制裁の定めをするなら種類と程度を就業規則に記載するよう求めています |
| 周知している | その就業規則を従業員が見られる状態にある | 労働基準法第106条の周知義務。金庫にしまったままでは根拠になりません |
| 事由に当てはまる | 実際の行為が、規定した事由に該当する | 「その他会社が不適当と認めた行為」だけを頼りにしない |
| 処分が重すぎない | 行為の性質・態様に照らして釣り合っている | 段階を飛ばした処分が崩れるのは、ここです |
もう一つ、条文には書かれていないものの実務で効くのが弁明の機会です。本人の言い分を聞かずに処分を下すと、手続きが不十分だったとして相当性の判断で不利に働きます。ひな形は要りません。「この件について、あなたの説明を聞かせてください」と伝え、日時と内容を残すだけで十分です。同じ行為を二度罰しない、規定を作る前の行為にさかのぼって適用しない、というのも同じ考え方から来ています。
懲戒解雇でも、即日クビにはできない
最も誤解が多いのがここです。「懲戒解雇なのだから、今日で辞めてもらう」と考える経営者は少なくありません。
労働基準法第20条は、解雇するなら少なくとも30日前の予告か、30日分以上の平均賃金の支払いを求めています。ただし但書があり、「労働者の責に帰すべき事由」にもとづく解雇はこの限りではありません。問題は、この但書を使うには所轄の労働基準監督署長の認定(解雇予告除外認定)が必要だという点です。
つまり、就業規則に「懲戒解雇の場合は予告手当を支払わない」と書いてあっても、認定を受けていなければ支払い義務は残ります。認定は自動的に下りるものではなく、段階を踏んだ記録が乏しければ通りません。ここでも効いてくるのが、けん責から積み上げてきた始末書です。
争いになったとき、どこへ行くのか
労働基準監督署と裁判所では、見ているものが違います。ここを取り違えると、備える相手を間違えます。
処分が有効かどうかを最終的に決めるのは、監督署ではありません。とはいえ、身構える必要はありません。どの場に出ても効くのは同じもの——就業規則という根拠と、段階を踏んだ記録です。備えるべきものは一つで足ります。
就業規則をキャビネットにしまったままなら、周知していないと見られる可能性があります。書面で配る、見やすい場所に置く、社内で常時閲覧できるようにする——どれか1つで構いません。年に1回の読み合わせまでできれば、周知の記録としても残ります。
注意はしているのに記録がない、というのが最も多い形です。今日から、注意した日付と内容を1行でも残してください。始末書まで至らなくても、時系列の記録があるだけで、段階を踏んだ事実を示せます。
先に確認するのは、規定の有無・周知・事由への当てはまり・過去の記録の4点です。記録が薄いと感じたら、諭旨退職という着地も含めて、専門家と一緒に組み立て直すほうが結果的に早く収まります。
参考(e-Gov法令検索・厚生労働省):労働契約法(第15条・第16条) / 労働基準法(第20条・第89条・第91条・第106条) / 個別労働紛争解決制度
なぜ「懲戒解雇」より「諭旨退職」なのか
段階の最後で、あえて懲戒解雇の一歩手前に「諭旨退職」を置く理由も知っておく価値があります。これは会社側の都合だけの話ではありません。
懲戒解雇は、次の採用面接で退職理由を問われた際に正直に答えざるを得ず、再就職に長く影を落とす重い処分です。諭旨退職は、「本来なら懲戒解雇に相当するけれど、情状を酌量して、自分から辞める形にしてよい」という選択肢を用意する手法です。会社にとっては、無効を争われるリスクの高い懲戒解雇を避けられる。本人にとっては、経歴に傷を残さずに次へ進める。どちらにとっても、着地点として現実的なのです。
こうした就業規則の設計や問題社員への段階的な対応は、条文の知識だけでなく、実際に監督署対応まで踏んだ経験がないと勘所がつかめません。アドバイスとして条文案を置いていくだけでは、現場では回りません。現場の運用に一緒に入り、泥臭く記録を積み上げる伴走があってこそ、規定は生きた盾になります。
問題社員に諭旨退職・退職勧奨で対応する実務は、問題社員の退職勧奨|解雇との違いと記録で進める実務で取り上げていますので、あわせてご一読ください。
「作って終わり」を「毎年見直す」に変えたら、規定が生き始めた
この会社では、服務規律と懲戒事由の対応関係を整理し、けん責・減給・出勤停止の条項を追加する文言案を用意し、ハラスメント防止規定と懲戒事由を連動させる形まで設計を進めました。けれど、社長がいちばん腹落ちしたのは、条文の中身よりも運用の話でした。
「作るだけじゃ意味がないんですよね。年に1回、これを読み合わせる機会を作ってあげると、従業員の意識が変わってくる」——社長自身の口から、この言葉が出てきたのです。就業規則は、金庫にしまっておく書類ではなく、毎年みんなで開いて確認する”生きたルール”にして初めて機能する。この認識が全員の共通言語になったことが、いちばんの前進でした。
これまで「懲戒解雇できるのか」という漠然とした不安の中にいた社長が、「けん責から順に、記録を残しながら段階を踏めばいい」という確かな地図を手にした。始末書に対する心理的なハードルも、「怒りではなく設計」という捉え方に変わりました。規定は、書き上げた瞬間ではなく、運用の型が定まった瞬間に、ようやく会社を守り始めます。
まとめ
① 懲戒は「種類」ではなく「段階」で設計する
けん責・減給・懲戒解雇と並べるだけでは、いざという時にほぼ使えません。5段階を設計し、どの違反がどの段階に当たるかを、服務規律の条文と結びつけておくことが出発点です。
そもそも就業規則に最低限そろえる項目と届出の手順は、就業規則の作り方|最低限そろえる項目と届出の手順で解説していますので、そちらもご覧ください。
② 法的な制約を前提に条文化する
減給は月にならすと数千円程度しか下げられません。処分ごとの制約を知らずに設計すると「書いたのに使えない」条文になります。根拠条文と照らして条文化することが欠かせません。
③ 始末書は「設計」として淡々と残す
けん責による始末書の蓄積は、争いになったときに会社を守る最大の防衛証拠になります。問題が起きてから集めるのではなく、最初から仕組みとして記録を積み上げることが、結末を分けます。
最後に
就業規則に「懲戒」とは書いてあるけれど、いざとなったら本当に使えるのか自信が持てない。減給や解雇の手順が、法的に正しいのか分からない。もし同じような不安を抱えていらっしゃるなら、一度ご相談ください。
問題が起きてから慌てるのと、起きる前に段階を設計しておくのとでは、会社の守られ方がまるで違います。私たちは、条文の整備だけでなく、実際に記録を積み上げ、監督署対応まで見据えた運用の型づくりまで、隣で一緒に手を動かします。まずは無料相談で、御社の就業規則の「いざというときの効き目」を一緒に点検してみませんか。
この記事を書いた人
前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。
現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。
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