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組織マネジメント

小口案件を断れない会社の値上げ交渉|属人化を解いて後継者へ渡す

「断れない」の正体|値上げできない会社に潜む属人化

見積書の金額の欄で、手が止まる。長く付き合ってきた取引先で、窓口も自分。材料費も人件費も上がっているのに、値上げを切り出せば金額の話ではなく関係の話になってしまう気がする。そうやって、同じ単価のまま何年も過ぎていきます。

この悩みの根っこにあるのは、「その仕事を、その人しかできない状態」=属人化です。 属人化とは、業務のやり方や取引先との関係が特定の個人に依存し、その人が動けなくなると仕事ごと止まってしまう状態のことです。

なぜ属人化していると値上げできないのか。順を追うと、こういう構造です。

  • 長い付き合いの取引先とは、担当者個人の信頼関係で仕事が回っている
  • だから「値上げ」を切り出すと、金額の話ではなく「関係を壊す話」に感じてしまう
  • かといって他の人に任せようにも、やり方も相手も引き継いでいないので渡せない
  • 結果、安いまま・その人が抱えたまま、仕事が固定化する

Mさんの会社では、小口案件(1件あたりの金額が小さい仕事)が全体の2〜3割を占めていました。金額は薄いのに、断ることも人に渡すこともできず、Mさん一人のスケジュールをじわじわと埋めていく。「今まで10万でやっていたのは、本当ぶっちゃけ言うと、もうサービスだった」——本人がそう認めるほど、採算度外視の仕事が積み上がっていたのです。

ここで大事なのは、これをMさん個人の「断れない性格」の問題にしないことです。あなたの会社では、特定のベテランや役員に「あの人しかできない仕事」が溜まっていませんか。それは個人の弱さではなく、仕組みが用意されていないだけの、会社の構造問題です。

この記事でわかること

  • 「断れない」は個人の性格ではなく、その人しかできない属人化のサインであること
  • 断るのではなく、外部要因を根拠にした見積もりと条件で選別するやり方
  • 工期やタイミングで相手に選ぶ余地を残す、角を立てない値上げの型
  • 選別した小口案件を100万円以下から任せ、後継者育成の投資に変える進め方

小口案件が一人に溜まると、会社の何が止まるのか

安い仕事を一人が抱え込むと、影響はその人の忙しさだけにとどまりません。人材・労務・財務・経営が一本の線でつながっているため、小口案件の抱え込みは会社全体の成長を止めます。

Mさんのケースを、私たちが第三者の視点で状況を整理すると、こんな連鎖が見えてきました。まず、薄利の小口案件がMさんのキャパシティ(対応できる仕事量の上限)を埋める。すると利益率の高い大きな案件に動く余白がなくなる(財務)。さらにMさんが現場に張り付くほど、部下に経験を積ませる機会も、自分が抜けても回る体制をつくる時間もなくなる(人材)。次世代が育たないまま、Mさん本人が消耗していく。

小口案件の抱え込みが会社の成長を止める連鎖

安値で受ける
キャパが埋まる
人に渡せない
育たない

この連鎖のこわいところは、一番の働き手が倒れる前提の綱渡りになっている点です。Mさん自身も「教えてもできないなら、逆に育った方がいい」と、育成の必要性は感じている。でも目の前の小口案件を回すだけで手一杯で、育てる時間が取れない。多くの成長期の中小企業が、まさにこの「働き者の役員が抜けられない」壁にぶつかります。

つまり解くべき問いは「どうやって上手に値上げするか」ではなく、「どうやって仕事を選び、人に渡せる状態にするか」です。値上げは、そのための入り口にすぎません。

この記事の内容を、社内で共有できる資料にまとめています。

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断らずに選別する|角を立てない値上げの型

では具体的な打ち手です。ポイントは、取引先を「断る」のではなく、見積もりの金額と条件で「自然に選別する」こと。正面から「お断りします」と言えば関係が傷つきます。そうではなく、適正価格を提示したうえで、相手が「それなら今回は」と判断できる余地を残す。この設計なら、断るのが苦手な人でも実行できます。

Mさんとの面談では、この「断らない選別」の言い回しとステップを、その場で一緒に組み立てました。

その前に|「言い出しにくい」を、法律の側から見ると

型の話に入る前に、前提を1つだけ揃えておきます。値上げを切り出すことは、遠慮しながら頼み込む行為ではありません。

2026年1月1日に、下請代金支払遅延等防止法(下請法)を改正した取適法(正式名称は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」、略称は中小受託取引適正化法)が施行されました。この法律の第5条は、発注側(委託事業者)がやってはいけないことを並べています。値上げの場面に直結するのは次の2つです。

条文 発注側の禁止行為
第5条第2項第4号 費用の変動その他の事情が生じた場合に、受注側が代金額の協議を求めたにもかかわらず協議に応じないこと。協議の場で必要な説明や情報提供をせず、一方的に代金額を決めることも含まれる
第5条第1項第5号 同種・類似の給付に通常支払われる対価に比べて著しく低い代金額を不当に定めること(いわゆる買いたたき)

つまり、費用が上がったときに「協議したい」と申し入れること自体が、法律の想定している正当な行為です。それを無視して一方的に金額を決めるほうが、法律の側から見ると問題になります。「長年10万円で受けていたサービス案件」も、相場から著しく離れているなら第5条第1項第5号の射程に入ります。

とはいえ、これは法律を振りかざす話ではありません。条文を持ち出して勝ち負けを競っても、取引は続きません。知っておく意味は、萎縮しなくてよいと分かることにあります。協議を求める権利は法が支えている。そのうえで、関係を守りながら実らせるのが、次に見ていく型です。交渉の場に持っていく資料の作り方は、価格転嫁の交渉資料の作り方|「協議に応じない」は取適法違反ですで、原価の内訳をどう見せるかまで具体的にまとめています。

数字で見ると|9割は交渉している、通ったのは半分

もうひとつ、萎縮しなくてよい理由があります。中小企業庁は毎年3月と9月を「価格交渉促進月間」と定め、その直後に受注側の中小企業30万社へフォローアップ調査をかけています。2026年3月分(回答69,625社)の結果はこうでした。

調査項目 2026年3月時点
「価格交渉が行われた」割合 90.7%
価格転嫁率 54.2%
コスト要素別の転嫁率 原材料費55.7% / 労務費50.0% / エネルギーコスト48.9%

読み方を間違えないでください。交渉そのものは9割の会社がやっています。できていないのは全額の転嫁のほうです。「言い出せていないのは自分だけかもしれない」という感覚は、数字とは合っていません。

もう1つ、この調査で押さえておきたい点があります。交渉したのにコスト上昇分の全額を転嫁できなかった企業のうち、発注企業から「納得できる説明があった」と答えたのは約6割でした。裏返せば4割は、説明のないまま金額が決まっています。これはまさに、前の章で見た第5条第2項第4号が想定している場面です。

また、受注企業の取引階層が深くなるほど転嫁率が下がる傾向も、引き続き見られています。下請けの奥にいる会社ほど不利になるということで、待っていて条件がよくなる構図ではありません。

取引先の交渉姿勢は、国が公表している

この調査には、もう一段の仕掛けがあります。

中小企業庁は調査結果をまとめたうえで、発注者ごとの価格交渉・価格転嫁・支払条件の評価を載せた「発注者リスト」を公表しています(2026年3月分は2026年8月4日に公表)。さらに、状況の芳しくない発注者に対しては、振興法にもとづいて事業所管大臣名で指導・助言が行われます。

答える側の心配にも手当てがあります。中小企業庁は「回答が発注者に知られないよう、匿名性の確保を徹底し集計」すると明記しています。正直に答えたことで取引先との関係が悪くなる、という心配はしなくてよい設計です。

つまり、価格交渉は個々の会社が孤独に挑む交渉術ではなく、国が実態を測り、発注側を名指しで評価する仕組みの中にあります。交渉を申し入れることは、特別なことではありません。

ステップ1|値上げの根拠を「外部要因」に置く

まず、値上げの理由を自分の都合ではなく、誰にも否定できない外部要因に置きます。「儲けたいので上げます」では角が立ちますが、「人件費も物価も材料費も上がっているので、以前の金額では厳しくなりました」なら、相手も納得しやすい。建設業なら、公表資料がそのまま根拠になります。国土交通省が令和8年3月から適用する公共工事設計労務単価は、全国全職種の加重平均で25,834円。前年度比4.5%増で、平成25年度の改定から14年連続の引き上げです。「実感として上がっている」ではなく、この数字を示せます。

しかも国土交通省は、この単価について「事業主が負担すべき人件費(必要経費分)は含まれていません。よって、下請代金に必要経費分を計上しない、又は下請代金から値引くことは不当行為です」と明記しています。ひとつ前の章で見た取適法とあわせれば、値上げの申し入れは遠慮の要る行為ではないと分かります。

つまずきやすいのは、値上げを切り出すこと自体をためらって、雑談で終わらせてしまう点です。「次回のお見積もりから、単価を見直させてください」と、いつから・どの案件に適用するかを一言そえて、口頭でもメールでも明確に伝えるところまでをワンセットにします。

言い方ひとつで、相手の受け取り方は大きく変わります。

場面 避けたい言い方 使える言い方
値上げの切り出し 「ちょっと厳しくて…」(理由が曖昧) 「人件費も材料も上がっていて、以前の金額では難しくなりました」
時期が合わない案件 「今は無理です」(門前払い) 「この時期は難しいですが、来月以降なら対応できます」
急ぎでない小口 何も条件をつけず安値で受ける 「工期に少し余裕をいただければ、空いた時間で伺えます」

ステップ2|金額と条件で「選ぶ余地」をつくる

次に、断る代わりに条件を提示して、相手に選んでもらう形にします。 すべてを引き受けるのでも、すべてを断るのでもなく、「この条件なら受けられる」というラインを示す。面談では、こんな型を一緒に整理しました。

  • 金額のバランスで判断する:小さな案件にかかりきりになって、その間に大きな案件を逃すのはもったいない。「この時期はタイミングが合えば」と伝える
  • 工期で調整する:「工期を長めにいただければ、空いた時間で対応します。その代わり少しお安くします」と、時間の融通と価格をセットで交渉する
  • 優先順位を正直に伝える:繁忙期は「今は手が回らないが、この時期なら」と時期をずらす提案をする

この「別の方法を用意して選んでもらう」設計なら、相手に「断られた」という印象を与えません。結果として、無理な安値案件は自然と減り、条件の合う仕事だけが残っていきます。断るのが苦手な性格のまま、抱える仕事の質を変えられるのがこの型の狙いです。

具体的な金額感でいえば、Mさんの会社では「40万でお願い」と言われていた案件を「50万円」に。長年10万円で請けていた”サービス案件”も、続けるなら適正価格へ——という水準が目安として出てきました(これは考え方を示す一例で、金額は業種・案件によって変わります)。

ステップ3|選別した小口案件を「育成の場」に渡す

ここが、単なる値上げノウハウとの決定的な違いです。値上げで選別して残った小口案件のうち、金額の小さいものを、あえて部下に任せる育成の場に変えます。 小口案件は「負担」ではなく「次世代への育成投資」として捉え直すのです。

小口案件をどう捉えるかで、会社の未来が変わる

「負担」と見ると

安値で抱える

一人で回す

育たない

「育成の場」と見ると

部下に任せる

経験を積ませる

渡せる体制へ

なぜ小口案件が育成に向いているのか。金額が小さい=失敗しても会社へのダメージが小さいからです。いきなり大型案件を任せれば会社が傾きかねませんが、100万円以下の案件なら、部下が多少つまずいても取り返しがつきます。「教えてもできないなら、逆に育った方がいい」——本人が動いて覚える場として、これほど適したものはありません。

進め方は、金額の小さい案件から段階的に任せる幅を広げていくイメージです。

小口案件を後継者育成のステップに変える

1100万円以下まず部下に任せてみる
2同行・確認やり方を隣で見せる
3100万円以上へ任せる範囲を広げる
4独り立ち小口を渡し切りMさんは大型へ

つまずきやすいのは、任せた後もつい口を出して手を戻してしまうことです。最初のうちは同行して確認しつつ、「決めるのは本人」というラインを守る。役員が抜けても現場が回る体制は、この「渡し切る覚悟」からしか生まれません。

参考(e-Gov法令検索・中小企業庁・国土交通省):製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(取適法)価格交渉促進月間の実施とフォローアップ調査結果令和8年3月から適用する公共工事設計労務単価について

インボイスの経過措置は2026年10月から、控除できる割合が80%から70%に下がります。経理の処理には、もう反映されていますか。

1分で対応をチェックする

自社ならどう使うか|4つのケース

「断らない選別」と「育成への転換」を、状況別にどう使うか。自分の会社に近いケースを探してみてください。

ケース1|老舗の付き合いで断れない社長:長年の取引先ほど値上げを言い出しにくいもの。まずは外部要因(人件費・材料費の高騰)を根拠に、次回見積もりから単価を見直すと予告する。関係を切らずに、少しずつ適正価格へ寄せていきます。

ケース2|特定の役員一人に仕事が集中している会社:その役員が抱える案件を金額順に並べ、小さいものから部下に移す。役員は空いた時間で、これまで手が回らなかった利益率の高い大型案件や新規開拓に動けるようになります。

ケース3|100万円以下の案件が回らず溜まっている会社:小口案件を「片手間で処理する雑務」から「若手が実地で学ぶ研修」へ位置づけ直す。任せる案件・同行して見せる案件・独り立ちさせる案件を仕分けます。

ケース4|社長・役員が現場から抜けられない成長期の会社:数億円規模を目指すなら、今の働き方のままでは頭打ちになります。小口の選別と移譲で「自分がいなくても回る」比率を少しずつ増やすことが、次のステージへの土台になります。

共通して言えるのは、判断の軸を「断れるか」ではなく「この仕事は、誰が持つのが会社にとって一番いいか」に置くこと。この一点で、値上げも移譲も自然に進み始めます。

アドバイスをして資料を置いて帰るだけでは、こうした変化は起きません。値上げの言い回しを一緒に考え、どの案件を誰に渡すかを現場で仕分ける。中に入って泥臭く手を動かしてこそ、抱え込みの構造はほどけていきます。小口案件を渡す先を育てる後継者育成の仕組みづくりは、値上げ交渉と切り離さず、セットで設計するのが近道です。

抱え込みが「会社の構造問題」に変わった日

面談を通じて、Mさんの会社で最初に動いたのは数字ではなく、問題の捉え方でした。 それまで「自分が断れないせいだ」と個人の性格の話にしていた小口案件の抱え込みが、「値上げの仕組みと、渡す先がないという会社の構造問題」として、初めて言葉になったのです。

そのうえで、去年40万円だった案件をどう50万円に切り出すか、その具体的な言い回しがまとまりました。長年10万円で受けていた”サービス案件”を適正価格へ戻す判断も下りました。そして何より、これまで「負担」でしかなかった小口案件が、「次世代を育てる投資」という前向きな役割に変わりました。 100万円以下の案件から部下に任せ、段階的に幅を広げるという育成の道筋まで、その場で組み上がっています。

Mさん自身、「めっちゃいいと思います」「わくわくしてきた」と前を向きました。抱え込みで消耗する未来ではなく、自分は大型案件と経営に集中し、小口は育った部下が回す——そんな会社の姿が、はっきり見えてきたのです。値上げという小さな一歩が、属人化を解き、次世代へ渡す入り口になりました。

まとめ

  • 小口案件を断れない悩みは、交渉術ではなく「仕組みと育成」で解く問題
  • 「断れない」は属人化のサイン。安い仕事を一人が抱え込む状態は、その人しかできない属人化の表れ
  • 個人の性格の問題にせず、渡す仕組みがない会社の構造問題として捉え直すことが出発点
  • 断るのではなく、見積もりと条件で選別する
  • 外部要因(人件費・材料費の高騰)を根拠に適正価格を示し、工期やタイミングで相手に選ぶ余地を残す
  • 断るのが苦手なままでも、抱える仕事の質を変えられる
  • 選別した小口案件を、後継者育成の投資に変える。金額の小さい案件は失敗しても傷が浅く、育成に最適
  • 100万円以下から段階的に任せ、役員が抜けても回る体制をつくる。値上げは、次世代へ仕事を渡すための手段

渡すのは仕事だけでなく、株や金融機関との関係も同じです。人・数字・株の3方向を5年単位でどう並べるかは、中小企業の事業承継で、4社の進め方と株価対策の実際としてまとめています。

最後に

もしあなたの会社でも、特定の役員やベテランに「あの人しかできない仕事」が溜まり、値上げも移譲もできないまま抱え込みが続いているなら、それは近い将来の成長を止めるサインかもしれません。

大切なのは、値上げ交渉の一言をどう切り出すかと、その仕事を誰に渡していくかを、セットで設計することです。私たちは、その言い回しづくりから案件の仕分け、育成の段取りまで、現場に入って一緒に手を動かします。同じような悩みを感じている経営者の方は、一度ご相談ください。抱え込みを解き、次世代へ渡す最初の一歩を、一緒に描いていきます。

「自社の場合はどうなるか」を、御社の状況に当てはめて一緒に整理します。

ご相談は無料です。その場で売り込みはいたしません。

この記事を書いた人

金井 春樹株式会社TRAVEL LIKE Talent Partner事業部 取締役COO / TAM

前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。

現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。

【運営会社 取得認証・認定】
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