損益分岐点の計算方法|固定費を削ると事業が止まる会社の共通点
目次
「1,000万円のはずが数億円」——計画が現実に追い越された現場
新規事業の資金計画は、走り出してから現実に追い越されることがあります。この会社もまさにそうでした。既存事業は安定していたものの、新製品の量産には設計・部材調達・製造ラインの立ち上げに加えて、出荷後の保守・メンテナンス体制まで必要になる。当初「1,000万円ほどで足りる」と見ていた見積もりはこの後半をほとんど織り込んでおらず、走り出したあとで「あれもこれも足りない」と必要額が数億円規模へと膨れ上がっていきました。
厄介だったのは、会議に出てくる数字が担当者ごとにバラバラだったことです。技術部門は開発の実費を、営業は販売見込みを、それぞれ別の前提で話す。全体をひとつの計画に束ねる人がいないため、「結局いくら必要で、いくら返せるのか」という一番肝心な問いに、誰も答えられませんでした。
権限を握っていたのは、創業家に近い立場の専務です。実務の全体を見ているわけではないのに、意思決定はこの人のところで止まる。会長は「まあ、何とかなるだろう」と楽観的で、当事者として数字に踏み込もうとはしませんでした。開発を支える技術者は、ほとんど無理を重ねる働き方で疲弊していた。あなたの会社では、意思決定する人と、現場の実態を分かっている人が、別々になってはいないでしょうか。
資金が集まらない原因は、金融機関の姿勢ではありません。会社の全体を理解して計画を語れる人が社内にいないから、交渉が前へ進まないのです。もうひとつ、困ったときに反射的に人件費を削る発想は、判断力ではなく全体像の欠落から来ています。守るべきコストと削れるコストは、感覚ではなく損益分岐点などの数字で切り分けて初めて見えてきます。この記事では、その切り分け方と、バラバラだった数字を一枚の判断軸に変えるまでを、中小企業庁・中小企業基盤整備機構の情報を交えて追います。
この記事でわかること
- 資金が集まらない原因は金融機関ではなく、全体を語れる右腕が社内にいないこと
- 「困ったら削る」という反射は、判断力ではなく全体像の欠落から来ること
- 守るべきコストと削れるコストを、感覚でなく損益分岐点の数字で切り分ける方法
- 経営・財務・人材は一本の線でつながっており、右腕の不在がすべてに波及すること
「困ったら削る」という発想が、交渉を止めていた
資金が足りないとき、専務がとった対応は一つでした。「削る」です。電話でその中身を聞くと、こう返ってきました。
「削るとしたら、やっぱり管理部門を削って、総務を削って……あの、技術者も削って、保守も削って」
一見すると、コストカットは経営判断らしく聞こえます。けれど、これは新規事業の生命線そのものを削る話でした。量産した製品は、売って終わりではありません。稼働後の保守・メンテナンスがあって初めて顧客に使い続けてもらえ、そこから継続的な収入も生まれる。その保守と技術の人員を削るというのは、事業の採算構造を自ら壊しにいくのと同じでした。
なぜこういう判断になるのか。答えは単純で、全体が見えていないからです。資金計画・技術開発・保守体制のどれをどれだけ削ると、事業がどこで立ち行かなくなるのか——その因果が頭の中に入っていない。だから「困ったら、目の前で減らせるところを減らす」という発想にしかならない。私たちが電話でそのやり取りを整理したとき、率直に言って「これは正気の沙汰ではない」と感じました。台数と保守料でようやく成り立つ採算を、感覚だけで数分の一まで圧縮しようとしていたからです。
そして、この圧縮案を持ったまま金融機関や投資家と話しても、交渉はまとまりません。相手は「その数字の根拠は?」と当然聞いてきます。全体を理解していない人が組んだ計画は、この問いに答えられない。私たちが第三者の視点で状況を整理すると、資金調達が止まっているのは金融機関のせいではなく、社内で計画を語れる人が不在だという、権限設計の問題だという構造が見えてきました。
右腕不在が、経営・財務・人材のすべてに火をつける
この会社の問題は、一見バラバラに見える悩みが、実は一本の線でつながっています。順番に追うと、こうなります。
実務全体を差配できる右腕が不在で(経営)、全体像を誰も把握していない。だから必要資金の見立てが甘く、当初計画と実態が大きく乖離する(財務)。乖離を埋めようと「とにかく削る」に走り、その削減対象が技術者・保守という現場の人員に向かう(人材)。人員を削れば事業は回らなくなり、既存事業側でも賃上げなどの約束が果たせず、補助金の要件との整合まで崩れていく(労務)。
「右腕不在」は一つの根から全体へ広がる
税理士は税金を、社労士は労務を、それぞれの専門の範囲で見ます。けれど、この会社に必要だったのは「保守体制を守ると採算がこう変わり、その計画なら金融機関にこう説明でき、既存事業の労務要件ともこう整合する」という、領域をまたいで全体を差配する視点でした。一つひとつの数字は正しくても、それを束ねる人がいなければ、会社は動けません。
この記事の内容を、社内で共有できる資料にまとめています。
守るべきコスト、削れるコストを「数字」で切り分ける
立て直しの入口は、抽象論ではありませんでした。「権限委譲が大事」と正論を並べても、現場は一ミリも動きません。まず私たちがやったのは、感覚で語られていた採算を、実データで計算し直すことでした。
経営者が数字で自社を読むための決算書の3指標は、決算書はどこを見る?|資金ショートを防ぐ3指標と資金繰り表で取り上げていますので、ぜひご一読ください。
具体的には、この事業の損益分岐点——何台が稼働し、保守料としてどれだけの収入があれば黒字になるのか——を独自に試算しました。すると、おおよそ数十台規模の稼働と保守収入で、年商およそ3億円台という水準で採算ラインが引けることが見えてきた。この数字が出て初めて、「削ってはいけない領域」と「削れる領域」がはっきり分かれたのです。
損益分岐点は「固定費 ÷ 限界利益率」で出す
同じ計算は自社でもできます。まず費用を2つに分けます。売上が増えれば増える費用が変動費(仕入・材料費・外注費など)、売上の大小に関係なく毎月かかる費用が固定費(家賃・人件費・リース料など)です。
売上高から変動費を引いた残りを限界利益と呼びます。これは固定費の回収に充てられる利益で、売上に比例して増えていきます。限界利益の合計が固定費と同じ額になったところが、利益がゼロになる点——損益分岐点です。
| 求めるもの | 式 |
|---|---|
| 限界利益 | 売上高 − 変動費 |
| 限界利益率 | 限界利益 ÷ 売上高 |
| 損益分岐点売上高 | 固定費 ÷ 限界利益率 |
| 安全余裕率 | (売上高 − 損益分岐点売上高)÷ 売上高 |
安全余裕率は、売上がどこまで落ちても赤字にならないかを示す比率です。分岐点が低く売上が大きい会社ほど、この値は高くなります。
変動費と固定費の分け方は、業種で変わる
実際に自社で計算しようとすると、最初に詰まるのがこの仕分けです。中小機構も「実際の企業においては、費用を変動費と固定費に明確に分類することは困難です」と認めています。
手がかりになるのが、中小企業庁が示している業種別の費用分解基準です。同庁の「中小企業BCP策定運用指針」には、損益計算書を直接原価方式(費用を変動費と固定費に分けて組み直すやり方)で作り換える手順とあわせて、同庁編『中小企業の原価指標』の分解基準が転記されています。
| 業種 | 変動費に入る主な科目 | 固定費に入る主な科目 |
|---|---|---|
| 製造業 | 直接材料費、買入部品費、外注費、間接材料費、重油等燃料費、当期製品仕入原価 | 直接労務費、間接労務費、福利厚生費、減価償却費、賃借料、修繕料、水道光熱費 |
| 卸・小売業 | 売上原価、支払運賃、支払荷造費、支払保管料 | 販売員給料手当、広告宣伝費、土地建物賃借料、減価償却費、光熱水道料 |
| 建設業 | 材料費、労務費、外注費、仮設経費、運搬費、機械等経費、設計費 | 現場従業員給料手当、労務管理費、地代家賃、保険料、修繕維持費、減価償却費 |
目を引くのは、人にかかるお金の扱いが業種で逆になることです。製造業では直接労務費も間接労務費も固定費ですが、建設業では労務費・外注費が変動費に入ります(建設業でも、役員給料手当や現場従業員給料手当は固定費です)。「人件費は固定費」と一律に覚えたまま計算すると、自社の分岐点は実態からずれた数字になります。
卸売業と小売業でも分かれます。車両燃料費・車両修理費・保険料は、卸売業では50%を変動費として扱い、小売業では全額を固定費として扱います。同じ配送用の車のガソリン代でも、業態が違えば置き場所が違うということです。
迷ったときの原則も示されています。中小企業庁は「固定費か変動費かが不明な費用は固定費に算入しておけば固めの計算が出来ます」としています。判断がつかない費用は固定費に寄せる——分岐点は高めに出ますが、そのぶん見通しが甘くなりません。
この基準を当てはめると、冒頭の会社の保守要員と技術者の人件費は、製造業の分類ではやはり固定費です。専務の仕分けそのものは、間違っていませんでした。
減価償却費は固定費だが、現金は出ていかない
もうひとつ、同じ様式が仕込んでいる仕分けがあります。中小企業庁のこの様式は、固定費計を書いたあとに、その内数として減価償却費を書かせ、現金ベース固定費=(固定費計)−(減価償却費)という欄を置いています。
減価償却費は固定費ですが、その期に現金が出ていくわけではありません。設備を買ったときに支払いは終わっていて、帳簿の上で何年かに分けて費用に振り分けているだけだからです。つまり固定費のなかには、毎月現金で出ていくものと、出ていかないものが混ざっています。
この様式が現金ベースの固定費まで求めさせるのは、災害で売上が止まったときに毎月いくら現金が出ていくのかを知るためです。同じ考え方は平時にも使えます。赤字にならない売上高と、資金が回る売上高は別——手元資金がどこまで持つかを見るときは、減価償却費を除いた固定費で分岐点を引き直します。
その保守要員と技術者の人件費は、減価償却費と違って毎月現金で出ていく固定費です。だから資金が細るほど目につく。専務が真っ先にここへ手を伸ばしたのも、理由のないことではありませんでした。
分岐点を動かす手は4つある。「削る」はそのうちの1つ
分岐点が出たら、次は「どこを動かすか」です。中小機構は、目標利益を達成する打ち手を4つに整理しています。①分岐点を上回る販売数量を達成する、②販売価格を上げる、③1個あたりの変動費を下げる、④固定費を削減する——の4つです。
同じ資料が、この4つを数字で並べています。800円で仕入れた商品を1,000円で売り、家賃20万円の店を借りて販売員を1名10万円で雇う場合。1個あたりの限界利益は200円、固定費は月30万円ですから、損益分岐点販売量は1,500個、損益分岐点売上高は150万円です。ここに「月15万円の利益」を目標として置くと、こうなります。
| 打ち手 | 目標利益15万円に必要な変化 | 損益分岐点販売量 |
|---|---|---|
| ① 販売数量を増やす | 2,250個(分岐点より750個多く)売る | 1,500個のまま |
| ② 販売価格を上げる | 1個あたり100円上げる | 1,000個へ下がる |
| ③ 変動費を下げる | 1個あたり100円下げる | 1,000個へ下がる |
| ④ 固定費を削る | 月15万円削る | 750個へ下がる |
中小機構は「同じ利益の増加であっても、固定費の削減は、ほかのケースに比べ、損益分岐点への影響が大きい」と書き添えています。表のとおり、分岐点を1,500個から750個へ半分に下げられるのは④だけです。資金が苦しいときに「削る」へ手が伸びるのは、この効きの良さのせいでもあります。
目標から逆算する式も決まっています。中小機構の起業マニュアルでは、必要売上高=(固定費+目標利益)÷(1−変動費率)。変動費率は売上高に占める変動費の割合で、先ほどの例なら800円÷1,000円で0.8です。(30万円+15万円)÷(1−0.8)=225万円、単価1,000円なら2,250個となり、表の①と一致します。
削ること自体が悪いのではありません。危ないのは、4つのうち効きがいちばん大きいものを、中身を見ずに選ぶことです。
「固定費だから削れる」が、いちばん危ない
ここに落とし穴があります。保守要員と技術者の人件費は、会計上はどちらも固定費です。固定費は損益分岐点の分子ですから、式だけを機械的に見れば「削れば分岐点が下がる」ことになります。専務の「保守も技術も削る」という発想は、まさにこの見方から出ていました。
ところが、この事業ではその人員が稼働台数と保守収入そのものを生んでいます。削れば分子の固定費は小さくなりますが、同時に限界利益のもとになる売上が消えます。分岐点は下がらず、事業が成り立たなくなるだけです。
固定費か変動費かは、削ってよいかどうかの答えではありません。その費用が限界利益を生んでいるかどうかで見る——これが、感覚のコストカットと、数字にもとづく切り分けの違いです。
| 領域 | それまでの扱い | 再試算後の判断 |
|---|---|---|
| 保守・メンテナンス人員 | 真っ先に削る対象 | 採算の生命線。守る |
| 技術開発の中核 | 人件費として圧縮 | 量産の前提。守る |
| 間接コスト・重複業務 | 手つかず | ここから見直す |
| 資金調達の組み立て | 独断で圧縮 | 分社化・出資・融資を組み合わせる |
そのうえで、資金の集め方も一本槍をやめました。製造と販売を切り離す分社化、事業に共感する投資家からの出資、そして金融機関からの融資——これらを組み合わせ、「一社・一つの手段で数億円」ではなく、現実的に届く形に分解して整理しました。全体を差配できる人が握るべき論点は、突き詰めれば次の三つに集約されます。
- 資金計画:いくら必要で、どこから、どう返すのか
- 技術開発:何が製品の中核で、どこを外注できるのか
- 保守体制:稼働後に何人で支え、どこから継続収入を得るのか
この三つが一人の頭の中でつながって初めて、金融機関にも投資家にも「説明できる計画」になります。アドバイスをして資料を置いていくだけでは、社内の意思決定は変わりません。数字を一緒に組み直し、翌日の経営者面談で「全体を差配できる人間に権限を委ねる」という決断まで持ち込む——そこまで隣で伴走してこそ、会社は動き出します。
権限が「肩書きだけ」か「全体を差配」か
感覚で削る
数字が説明できない
交渉が止まる
守る所を残す
根拠で語れる
交渉が前に進む
参考(中小企業庁・中小企業基盤整備機構):中小企業BCP策定運用指針 5.4 直接原価方式による損益計算書の作成・計算手順 / 損益分岐点の計算方法と経営改善に向けた活用方法 / 損益分岐点を使った目標売上高
制度の当てはめから社内への落とし込みまで、右腕として伴走します。
バラバラだった数字が、一枚の判断軸に変わった
この取り組みで、まず現場に生まれた変化は「数字が一つになった」ことでした。それまで担当者ごとにバラバラだった前提が、損益分岐点という共通の物差しで束ねられ、経営陣が同じ一枚の判断軸を初めて手にしたのです。
そして、経営陣の思考そのものが変わりました。「困ったらとにかく削る」しか選べなかった状態から、「何を守り、何を削るかを判断できる」状態へ。保守と技術という、これまで真っ先に削られかけていた人員が、”守るべき生命線”として客観的な数字の裏づけとともに可視化された。これは、感覚で経営していた会社にとって、決して小さくない前進です。
資金の集め方も、「一社に数億円を頼み込む」という無理筋から、分社化・出資・融資を組み合わせた現実的な設計図へと切り替わりました。交渉のテーブルに、ようやく相手が納得できる根拠が乗った。長らく空回りしていた資金調達に、初めて説明可能な土台が敷かれたのです。
そもそも融資が通らない会社に共通する「伝わっていない」問題は、売上があるのに融資が通らない理由|銀行が見るポイントと俯瞰図でも触れていますので、あわせてご覧ください。
この会社が本当に取り戻したのは、資金そのものより「全体を見て差配できる状態」でした。経営者が、目の前の数字に振り回されて反射的に削るのではなく、会社の未来を見据えて「どこに賭け、どこを守るか」を自分の言葉で語れる。孤独な思いつきの経営から、根拠を持って舵を切れる経営へ——その最初の一歩が、確かに刻まれました。
まとめ
- 資金調達が止まる原因は、社内の「右腕不在」にある
- 金融機関が渋いから資金が集まらないのではない。全体を理解して計画を語れる人が社内にいないから、交渉が前に進まない
- 資金の問題に見えて、その根は権限設計の問題
- 「とにかく削る」は、全体が見えていないサイン
- 困ったときに反射的に人件費を削る発想は、判断力ではなく全体像の欠落から来る
- 守るべきコストと削れるコストは、感覚ではなく損益分岐点などの数字で切り分けて初めて見えてくる
- 経営・財務・人材は一本の線でつながっている。右腕の不在は、財務の乖離を生み、人材の削減を招き、労務や補助金要件の崩れにまで波及する
- だからこそ、領域をまたいで全体を差配する視点が、立て直しの起点になる
削る以外に、返済の側から手元資金を作る道もあります。返済を半分にした交渉と原資の作り方は、中小企業の資金繰り改善でまとめています。固定費を削って事業が止まる前に、こちらを先に検討する価値があります。
最後に
新規事業の資金が計画から大きくずれ始めている、意思決定は一人に集中しているのに、その人が全体を把握しきれていない——もし同じような不安を感じていらっしゃるなら、まず「何を守り、何を削るか」を数字で切り分けるところから始めるだけでも、景色は変わります。
私たちは、綺麗な提案書を置いて帰るのではなく、損益分岐点の再試算から金融機関との交渉、権限の再設計まで、隣に座って一緒に手を動かします。資金繰りと経営全体を立て直す進め方について、一度ご相談ください。孤独に抱え込む前に、全体を見渡せる右腕を持つ——その最初の一歩を、ご一緒できればと思います。

