Blog ブログ
「役員貸付金」の消し方|退職金を活用して財務を健全化した事例
目次
運転資金が詰まる前に整理すべき、役員報酬と役員貸付金
売上は順調なのに、月末になると手元の資金が思いのほか残っていない——そんな感覚を抱えている経営者は少なくありません。
最初に思い浮かぶのは「銀行から追加融資を受けられないか」という選択肢でしょう。ただ、融資に頼る前に、まず見直すべき場所が会社の内側にある場合があります。
それが「役員への貸付金」と「実態に合わない役員報酬」です。
今回は、飲食業(弁当・仕出し業)を営むY社様(従業員約30名)の事例をもとに、役員貸付金の消し方として実務上有効な退職金との相殺スキームと、役員報酬の段階的な見直し方をご紹介します。
同族経営に特有の「家族の問題には踏み込みにくい」という状況を、決算書という客観的なデータを起点にどう乗り越えたか、実際の数字とあわせて解説していきます。
- ●役員貸付金・仮払金を退職金で相殺し、帳簿上ゼロにする方法
- ●実態に見合わない役員報酬を段階的に下げ、年120万円のキャッシュを生み出す考え方
- ●「家族だから言いにくい」問題を、決算書という事実ベースで動かすアプローチ
- ●財務の透明化が銀行評価の向上に直結する理由と、資金調達の土台の整え方
帳簿に残り続ける700万円——「無尽金」という古い慣習の痕跡
貸付金320万円・仮払金388万円の実態
Y社様の試算表を確認すると、気になる科目が2つありました。
「短期貸付金(320万円)」と「仮払金(388万円)」です。
仮払金とは、使い道が確定していない状態で会社から出金された金額を一時的に計上しておく科目のことです。合わせると約700万円が、長年にわたって帳簿に残ったままになっていました。
仮払金の内訳を掘り下げると、「無尽金(むじんきん)」というキーワードが出てきました。
無尽とは、地域や昭和の商慣習に根ざした相互扶助の仕組みです。複数のメンバーが定期的に掛け金を積み立て、順番に全額を受け取るもので、民間の頼母子講(たのもしこう)に近い制度といえます。
Y社様では、会社から掛け金を拠出し、満期になった資金を会長個人の用途に充てていた経緯がありました。会長本人も「昔からやっていたことだから」という感覚だったようで、帳簿上の処理が曖昧なまま積み重なっていました。
銀行は融資審査の際、「短期貸付金」や「仮払金」の内訳を必ず確認します。
使い道が不明な貸付金があると、経営実態が見えにくい会社という印象になり、金融機関の融資姿勢に影響が出ることがあります。
資金繰りを改善したいと考えるなら、銀行への追加融資を打診する前に、まずこの帳簿の状態を整えておくことが、実は近道になるケースが多いでしょう。
実態に見合わない役員報酬が、じわじわとキャッシュを削る
同族経営では、役員報酬が「業績への貢献度」ではなく「以前からこの金額だから」という慣性で決まっていることが少なくありません。
Y社様でも、現在の業務実態と照らし合わせると、役員の報酬水準が会社の規模や収益力に対して高い状態が続いていました。
実際の貢献と報酬が合わないまま放置されると、毎月の固定支出が利益を圧迫し続け、手元の資金が少しずつ減っていきます。
役員報酬は、一般の給与と違い、期中に自由に変更できる性質のものではありません。
定期同額給与(役員に毎月同額を支給する方式の報酬で、税務上の経費として認められる形態)として認められるためには、原則として事業年度の開始から3カ月以内に決定し、その期間中は同額を維持することが要件です。
「今すぐ下げたい」と思っても、実際に動かせるタイミングは翌期の期首からが基本です。だからこそ、来期に向けた見直しを、できるだけ早い段階から計画しておくことが大切でしょう。なお、業績が著しく悪化している場合など一定の事由があれば期中変更が認められるケースもありますので、詳細は顧問税理士にご確認ください。
資金繰りの問題を「売上が足りない」という外側の話と捉えるか、「固定費が高すぎる」という内側の構造問題と捉えるかで、打ち手はまったく変わってきます。
Y社様のケースでも、「売上は立っているのに手元に残らない」という感覚の原因は、社内の固定費の構造にありました。
この点を整理することが、財務改善への入り口になります。
銀行に追加融資を打診する前に、まず自社の「役員報酬」と「役員への貸付金・仮払金」を点検することをおすすめします。
この2つを整理するだけで、毎月のキャッシュと帳簿の透明性が同時に改善できる場合があります。
役員貸付金と役員報酬を動かす——退職金相殺と段階的削減の設計
Y社様の課題を整理すると、大きく2つの問題が重なっていました。
ひとつは「帳簿に残り続ける役員への貸付金・仮払金(合計約700万円)」、もうひとつは「実態と合わない役員報酬による毎月のキャッシュアウト」です。
どちらも家族が絡む問題で、経営者本人が直接切り出すには心理的なハードルがある内容でした。
取ったアプローチは、「決算書に書いてある数字」を起点に話を整理するというものでした。
経営者と会長を交えたセッションを設け、試算表を並べながら貸付金と仮払金の内訳を一つひとつ確認していきました。
数字は事実であって、誰かを責めるためのものではありません。会社を良くするための材料として共有した上で、具体的なスキームを2つ提案しました。
退職金で相殺する——700万円を帳簿上ゼロにする手順
役員貸付金の消し方として実務上よく活用される手法のひとつが、退職金との相殺です。
会社が役員に退職金を支給する際、その役員が会社に対して返済義務のある貸付金残高がある場合、両者を相殺することで実質的な収支をゼロにすることができます。
支給と返済を別々に動かすのではなく、「同額を相殺して帳簿から消す」という処理の考え方です。
Y社様の場合、会長が将来的に完全に退くタイミングで退職金を支給し、貸付金(320万円)と仮払金(388万円)の合計約700万円を相殺するという方針が固まりました。
帳簿上の処理としては「退職金を支給→貸付金・仮払金と相殺→残高ゼロ」という流れになります。
なお、仮払金については実態の確認と必要に応じた科目の振替処理が前提になるケースがあります。処理の可否や手順は、顧問税理士と連携して進めてください。
退職金は、退職所得控除や2分の1課税の仕組みにより、一般の給与よりも税負担が軽くなるケースが多く、役員への説明がしやすいポイントのひとつです。
ただし、勤続年数が5年以下の役員については適用が異なる場合がありますので、事前に顧問税理士と確認しておくことをおすすめします。
会社側にとっては、適正額の範囲内であれば税務上の経費として計上できる支出でもあります。退職金が経費として認められるためには、勤続年数や役職をもとにした合理的な計算額であることが要件になりますので、算定の根拠は早めに顧問税理士と整理しておきましょう。
この両面を整理した上で経営者に提示したところ、「それならすっきりする」という反応が返ってきました。
同族経営では「お金の話は言い出しにくい」と感じる場面が多くあります。ただ、相殺スキームを「双方にとってメリットがある出口戦略」として第三者から提案することで、家族間の摩擦を起こさずに話が前進するケースが多くあります。
「誰が悪い」ではなく「帳簿にこう書いてある。だからこう整理できる」という事実ベースの提案が、こうした局面では機能しやすいです。
退職金と役員貸付金の相殺は、会計・税務・心理的な3つの側面で整合するスキームです。
「いつ退職するか」の時期を逆算して早めに設計を始めることが、実行のカギになります。
月5万円×2名——年120万円のキャッシュを生み出す報酬設計
役員報酬の見直しについては、来期から会長と別の役員(2名)の報酬をそれぞれ月5万円ずつ引き下げるプランを提案しました。
2名合計で月10万円、年間では120万円のキャッシュフロー改善になります。
削減した分は、そのまま銀行への返済原資に充てるという資金の流れで設計しています。
「一度に大幅に下げる」ではなく「段階的に、小刻みに」というアプローチにした理由は2つあります。
ひとつは、急激な変更が感情的な反発を招くリスクへの配慮です。同族経営では、報酬の変更が「評価されなくなった」というメッセージとして受け取られることがあります。月5万円という刻み幅であれば「会社の財務を一緒に立て直す取り組み」として説明しやすく、長期的な関係を壊さずに進められます。
もうひとつは、税務上の手続きへの対応です。
定期同額給与の変更は事業年度開始から3カ月以内という期限が定められています。このルールを守りながら変更を進めるためには、「来期から変える」という方針を今期中に固めておくことが欠かせないポイントです。
手続きの期限から逆算して計画しておくことで、税務上のミスや追加リスクを防ぐことができます。
年120万円は、一見すると小さな数字に感じるかもしれません。ただ、毎月10万円の余剰を安定的に積み上げていくことは、月次の資金繰り表に着実に反映されていきます。
資金繰りに不安を感じている経営者にとって、毎月の「余裕」が確実に増えていく感覚は、経営の安定感に直結するものでしょう。
役員報酬の見直しと役員貸付金の相殺は、セットで設計することで最大の効果を発揮します。
削減した報酬を返済原資に充て、退職時に残高を相殺することで、財務の健全化を段階的かつ確実に進めることができます。
同族経営の財務を立て直す実践ポイント
役員貸付金や役員報酬の問題は、多くの同族経営において「見て見ぬふり」になりやすい領域です。ただ、ここに手を付けないまま売上を伸ばすだけでは、手元資金の改善はなかなか期待できません。
Y社様の事例をもとに、自社で実践するための手順を整理します。なお以下は一般的な実務の流れをお示ししたものです。実際の処理や税務上の取り扱いは状況によって異なりますので、実行にあたっては顧問税理士や専門家と必ず連携してください。
STEP1:貸付金・仮払金の全体像を洗い出す
まず着手すべきは、現在の試算表・決算書に計上されている「貸付金」「仮払金」「立替金」などの内訳を把握することです。
金額だけでなく、「誰に対する貸付か」「いつから残高が発生しているか」「返済の見込みはどうなっているか」という情報をあわせて確認しておきます。
顧問税理士がいる場合は、これらの科目の内訳明細を出してもらうよう依頼するのが最初の一手です。
Y社様のように「無尽金」など古い慣習に基づく仮払いが含まれている場合は、当時の経緯を確認した上で整理していくことになります。
「昔からあるから」という理由で放置されている科目ほど、銀行が決算書を見たときに疑問視するポイントになりやすいです。
この洗い出しは、銀行対応の観点からも欠かせない作業です。
「なぜこの科目があるのか」を経営者自身が説明できる状態にしておくことが、融資交渉での信頼性につながります。
STEP2:役員報酬の適正水準を「段階的に」設定する
現在の役員報酬が会社の業績・規模・貢献度と照らして適切かどうかを、感情論ではなく数字で確認していきます。
参考指標として役立つのが、業種・規模別の役員報酬の統計データ(中小企業庁「中小企業実態基本調査」や国税庁「会社標本調査」など)や、会社の経常利益に対する人件費率などです。
これらを使って「現状がどの水準にあるか」を可視化することが出発点になります。
「いくらが適正か」が見えてきたら、次は変更のタイミングと引き下げ幅を計画する段階です。
定期同額給与の変更は事業年度開始から3カ月以内が原則になりますので、次の期首に向けて、今から変更額と方針を固めておくとスムーズに動けます。
引き下げ幅は「一度に大幅に」ではなく「毎期少しずつ」が基本です。経営者・役員の双方が納得しながら進められることが、継続的な取り組みにつながります。
STEP3:退職金スキームで貸付金を相殺し、帳簿を整理する
役員の退職が見込まれる時期を逆算し、退職金の支給額と貸付金残高が相殺できる形になるよう、早い段階から設計を始めることが重要です。
具体的には、退職金規程の整備状況の確認・退職金の算定基準の把握・貸付金残高の現在額の確認、この3点を先に押さえておきます。
退職金が税務上の経費として認められるためには、勤続年数や役職をもとにした合理的な計算額であることが要件になりますので、算定の根拠は顧問税理士と早めに整理しておきましょう。
退職金支給と相殺の処理は、顧問税理士と連携して適切な会計処理を行うことが前提です。
取締役会の議事録など必要な証憑(しょうひょう)を整えておくことで、税務調査時のリスクを抑えることができます。
帳簿の状態が整理されると、銀行が決算書を見たときの印象が変わります。財務の透明化は、金融機関との長期的な信頼関係を築く上でも大切な基盤になります。
まとめ
Y社様のケースを振り返ると、資金繰り改善の鍵は、実は社内の固定費構造の見直しにありました。
売上をいくら伸ばしても、役員報酬が実態を超えた水準で続く限り、手元資金はなかなか改善しません。役員貸付金が帳簿に残り続ける限り、銀行との関係にも影響を与え続けます。
退職金による役員貸付金の相殺と、役員報酬の段階的な見直し——この2つを組み合わせることで、Y社様の財務改善の方向性が具体的に定まりました。
来期から年間120万円のキャッシュフロー改善と、約700万円の帳簿整理がその内容です。
同族経営特有の「言い出しにくさ」を越えるためには、感情に訴えることよりも、決算書という客観的な事実を起点に置くことが有効です。「会社を良くするための整理」として提示することで、家族間でも話が前進しやすくなります。
なお、財務の再建は単独で完結するものではありません。
役員報酬・貸付金の整理が一段落した後、Y社様では単価の高いイベント・仕出し案件への注力や販路拡大という「攻め」の施策に経営資源を振り向ける計画が動き始めています。
財務・人材・組織をひとつながりで考える視点が、中小企業の継続的な成長につながると考えられます。
最後に
同族経営における役員報酬や役員貸付金の整理は、数字の問題であるだけでなく、家族の関係性や長年の慣習にも関わります。そのため、経営者一人では動き出しにくい問題であることが多いです。
「帳簿の中に不透明なお金が残っているのはわかっているが、誰にも言えずにいる」「役員報酬を下げたいが、感情的な反発が怖くて切り出せない」——そういった状況に置かれている経営者は、決して少なくありません。
だからこそ、決算書を一緒に読み解き、数字を起点に家族の問題にも踏み込んでくれる相談相手の存在が、大きな力になるでしょう。
同族経営の財務整理について、具体的なスキーム設計からご支援できます。まずはお気軽にご相談ください。
この記事を書いた人
前職の上場コンサルティングファームにて10年間、年間200社超(累計1,000社超)の中小企業に対するバックオフィス支援・経営改善に従事。
現在は「Talent Partner」の取締役COOとして、認定ターンアラウンドマネージャー(TAM)の知見を活かし、財務・労務・組織の多角的な視点から中小企業のV字回復と成長をハンズオンで牽引する「社長の右腕」として活動している。